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寺山は放送を聞きながら、ペットボトルをいくつか消費しながら顔や髪にべったりと付いてしまった血を落としていた。
あんなに血が飛び散るなんて思っていなくて、全身血塗れになったときは泣いてしまいたくなった。こんな格好じゃあ、とてもではないが桃井さつきに会えない。桃井にはなるべく綺麗な格好で会いたいのだ。

灯台で三人を撃ち殺した寺山は、返り血の量に顔を引き攣らせながらも、しっかり三人のデイパックから水のボトルを取り出しすぐに灯台を後にした。いつ何時人が来るか分からない。銃があるとはいえ、向こうも銃を持っていたら撃ち殺される可能性の方が高いのだから、なるべく早くここから離れなければいけないのだ。
しかしながら体力もなければ運動なんて全くしない寺山にとって、約八キログラム程の水のボトルやその他諸々を背負って歩くのはかなり厳しい。他人が見れば鼻で笑ってしまいそうな速さで寺山は林の中へ飛び込み、そのまま真っ直ぐ西へ進んで北の山付近まで来たところでようやく足を止めた。
足は小鹿のように震え、呼吸は忙しないままなかなか戻らない。止まらない汗をぬぐいながら寺山は血塗れの上着を脱いで、顔の血を汗と共に拭い放り捨てる。
しばらく身体を休めたいが一刻も早く血を洗い流さなければならない、と寺山は重怠い腕を動かしペットボトルを取り出し血を洗い流し始めた。これがなかなか終わらない。この時ばかりは自身の長い髪を恨んだ。
少しずつ流し落としながら、読み上げられていく名前に耳を傾ける。

『――以上!』

読み上げられていった名前の中に桃井はいなかった。
そのことに深く安堵する。良かった、どこかでまだちゃんと生きているのだ。もしかしたら誰かと一緒にいるのかも知れない。それならそれでいい、一人で危険にさらされているよりもずっと。
なんとか粗方流し終え、もう殆ど使い物にならないハンカチを絞りながら水気を拭っていく。目立ちそうな血が残っていないか確認していくと、ワイシャツの襟元や袖口に少しばかり血がついているのを見つけた。そこまで大きくもないのでもう落とすのは止め、ようやく寺山は汚れていない草の上に腰を下ろした。
血まみれのブレザーは捨てて行こうと、放り捨てていたブレザーを引き寄せポケットのからダーツの矢を取り出す。それをデイパックの中へ戻し、忘れないうちに地図へ禁止区域を記していった。

「(十一時から住宅地がはいる……)」

桃井は一体どこにいるだろう。禁止区域を書き込んだ地図をじっと見つめ、寺山は次にどこへ向かうか思案した。林の中をあちこち移動しているのか、どこかの建物内にいるのか。
いくら小さな島といえど、大声も出せず目印も無く人ひとりを探すのは難しい。闇雲にあるいて赤司征十郎や東雲と出会ってしまえば確実にこちらが殺られる。
どうしたものか、と考えながらデイパックに詰め込んでいたペットボトルを取り出していく。元々入っていた二リットル分のボトルだけを残し、あとはここに捨てていくのだ。
幾分か軽くなったデイパックを背負い、地図と方位磁針を拾い上げた。一先ずこのまま西へ進み、井戸の家や神社を見よう。桃井がいなくとも誰かがいるかもしれない。それが桃井の幼馴染や黄瀬など彼女と親しい人間であれば捜索の手伝いをしてくれる可能性もある。
散弾銃も拾って抱え直し、弾の数を確認した。無駄撃ち出来る程数はない。考えて使わねばならないだろう。
濡れて張りつく髪を鬱陶しそうに払いながら、疲れた体に鞭を打って寺山はゆっくりとした足取りで歩き出した。


X X X


あまりの疲労に黄瀬涼太は井戸の家付近の林内でいつの間にか眠ってしまっていた。
島内に響き渡る不快な男の声に目を覚まし、ぼんやりと聞いていたが六時までの死亡者を読み上げるという言葉にはっと身を起こす。
十江は無事だろうか。まだ、ちゃんとどこかで生きていてくれているだろうか?

『まずは男子から。えー、三番 遠藤太一君、十一番 須田誠君、』

十江の出席番号は十五番だ。どうか呼ばれませんように、と手を組みきつく目を閉じる。

『十八番 灰崎祥吾君。女子いきますよぉ』

十江の名は呼ばれなかった。

「よかった……」

全身から力が抜け、黄瀬はぐったりと木に凭れ掛かった。冷たく強張っていた身体にゆっくりと熱が巡りあたたかくなっていく。
良かった、十江はまだどこかで生きている。誰かとどこかに隠れているのかも知れないし、見つからないように少しずつ移動し続けているのかもしれない。何にせよ、まだ無事でいてくてれ本当に良かった。
あんなに気持ちが沈んでいたのが嘘のようにやる気が湧いてくる。見つけよう、必ず見つけて、誤解を解いて、それから最後まで傍にいるのだ。

『続いて禁止エリアを発表しまぁす』

禁止エリア、と聞いてそんなものがあると男が言っていたことを思い出し、黄瀬は慌てて地図を引っ張り出した。デイパックからボールペンを探し出し、読み上げられていく区域にバツ印を付けていく。
このバツ印を記入した場所から指定された時間以内に出なければ、首に嵌められた銀色の輪に付属している爆弾が爆発する。指定時間移行に禁止区域に立ち入っても同様だ。男の説明を思い出しながら地図を見る。
しっかり自分の居る場所を把握しておかなければならない。ぼんやり歩いてうっかり禁止区域に入ってはマズいし、逃げるときもそうだ。
外れたりしないだろうかと首元の輪に触れてみるが、繋ぎ目らしきものはどこにもなく、爪にも引っ掛からない。つるりとした金属の感触しかなくそれに顔を顰めながら、もう一度地図を見直す。
南東の住宅地が禁止区域に入っているため、ひとつ探す場所が減った。けれどたった数ヵ所入れる場所が減っただけで、ほとんど何も変わらない。
狭いけれど広いこの島で、本当に自分は十江と出会えるのだろうかと一瞬思ってしまう。だが諦めてしまったら駄目だ。見つかる。絶対に見つけるのだ。

「よし!」

身体を起こして水を飲み、勢いよく立ち上がる。デイパックに入れてあるピッケルと拳銃をどうするか迷ったが、仕舞ったままにすることに決めてそのまま重たいデイパックを背負う。
地図と方位磁針だけを握り締めると、行く予定だった井戸の家と神社へ向かおうと盤面を見た。恐らくこのすぐ近くに井戸の家はあるはずなのだ。この辺りはどこも禁止区域には割り当てられていないし、少しこの付近を歩いてみようと決めた。
もし十江を見つけたら、最初になんて言おうか。まずは誤解を解いて、それから……いや、その先は、ちゃんと会ってから考えよう。

なにもなくても掴めなくても

2022.06.28