学校から北西に進んだ先にある“倉庫のある家”の倉庫内についた黒子テツヤたちは今後のことをしばし話し合い、聞こえてくる銃声に身構えながらも交代で睡眠をとっていた。
誰かが優しく黒子の身体を揺すっている。紗が掛かったように朧げに、火神大我と東雲の話す声を聞こえてきて、ゆっくりと沈んでいた意識が浮上していった。
半分しか開かない視界に東雲が映っている。朝になったよ、と笑う彼に促されるように身を起こし、それから現状が理解できなくて黒子は首を傾げた。
やらたと身体が軋むと思っていたら固いコンクリートの上で眠っていたようだし、ここは一体どこだろう。点々とある小さな窓から日が差し込むだけのここはほとんど真っ暗で、黒子は自分がどこにいるのか把握しようと辺りを見回した。
「何か探してる?お水ならこっちだよ」
「あ、ありがとうございます……」
受け取ったボトルからぬるい水を一口飲んで、はっと目が覚めた。何を寝ぼけていたのだろう、今はプログラムの真っただ中だというのに。
「テツヤくん大丈夫?」
「ええ、すいません。少し寝ぼけてたみたいです。今何時ですか?」
「もうすぐ六時だな」
「放送って六時だっけ」
「確かそうです。二人はもう何か食べましたか?」
「いや、まだだ」
「なら放送までに食べましょうか。、食べれそうです?」
眠って少し体力が戻ったのか、東雲の顔色はだいぶん良くなっているように思う。薄暗くてはっきりとは分からないが、学校を出たばかりの時のような病的な青白さは消えていた。それに少しだけ黒子は安心することが出来た。
デイパック内の食料は缶詰とパンのみ。どれくらいこの島にいることになるのか分からない為、賞味期限の短いパンから食べようと三人揃って具も何もないパンをかじる。美味しくない、と言いながらもこうして三人で変わらず食事できるのは幸せなことなのかもしれない、と火神は目の前で仲睦まじく笑みを交し合う二人に思った。
それからこの光景がいつかは崩れてしまうのかもしれないことを思い、気分が重く沈んでいく。
パンを食べ終え、もう一度地図を見返してどうするか話し合っている最中、チャイムのような電子音が外から響いてきた。
『みなさーん、おはようございまぁす。午前六時になりましたよぉ』
あのどこか人を苛立たせる間延びした声に東雲と火神は顔を顰める。
『それでは、これまでに死んだお友達の名前を出席番号順に読み上げていきまぁす。まずは男子から。えー、三番 遠藤太一君』
読み上げられていくクラスメイト達の名前に黒子たちの顔が翳っていく。
なんて忌々しいのだろう。火神は強く奥歯を噛み締め、聞こえてくる名前の同級生たちの顔を思い浮かべた。この馬鹿げたプログラムで、一年以上付き合ってきた同級生たちがどんどん奪われていく。
そのまま続けて読み上げられていく禁止区域を地図へ書き込んでいく東雲と黒子に、火神はせめてこの二人だけでも失わずにいたいと拳を握りしめた。
X X X
島中に響き渡ったおはようございますという言葉で、住宅地の最南部にある家にいた紫原敦は目を覚ました。座ったまま眠ったせいかあちこちが軋んでいる。
視界に入った大きなクローゼットとドアに、一瞬自分が何処か分からなくなって腕の中で眠り込んでいる鶴賀水緒を守るように抱きしめた。明るくなった室内を見回し、そこが見知らぬ島の見知らぬ他人の家であると思い出す。
今が、最悪のプログラムの最中であるということも。
『これまでに死んだお友達の名前を出席番号順に読み上げていきまぁす』
死んだ、その言葉にぐったりと力の抜けていた体が再び強張る。そうだ、プログラム開始から何度も銃声はしていた。当然死者も出ているのだろう。
自分の隣に置いた細長くて黒々とした金属を見下ろす。鶴賀のデイパックの中にあった散弾銃だ。
『――三番 梅村沙織さん、五番 加賀詩穂さん――』
外から響いてくる名前を聞き流し時計を見れば、短針は六時を指し示していた。
朝と夜のそれぞれ零時と六時に流される定期放送では、死者の名前以外にも立ち入り禁止区域が発表されると男が言っていたのを思い出す。紫原はそばに放り投げていたデイパックを引き寄せ、中からボールペンを探って取り出した。
ポケットから地図を取り出し広げたところで、『禁止エリアを発表しまぁす』と男が話し出す。
鶴賀を腕に抱きながらなので少々書きづらいが起こすのも可哀想で、紫原はそのまま地図へバツ印だけを書き込んでいく。時間も書き込みたかったが、まあバツだけでもいいだろう。何時だろうがここに踏み込まなければいいだけだ。
「んん……」
まだ夢の世界にいる鶴賀がもぞもぞと身じろぎし、何かをもにょもにょ言っている。いつもと変わりない姿に少しだけ笑いながらバツを書いていると、十一時からの禁止区域に住宅地の大部分が入ってしまっていた。
「あー……」
もしかするとここも入っているかもしれない。鶴賀が起きたら何か食べさせて移動しなければ。またどこか建物に入れればいいけれど、もう誰かが使用している可能性の方が高い。
『それではみなさん、頑張ってくださぁい!』
最後の一際大きな、大きすぎて音割れした男の声に目が覚めたのか、鶴賀の体がびくりと震えた。覗き込めば、ぼんやりとした瞳がうろうろと辺りを見回し、それからこちらを見上げてくる。
ぼうっと紫原を見つめて、それから「おはよう」と幼子の笑みが浮かべられる。
「ん、おはよ水緒」
「さっき、おっきな音した?」
「あ~してた。何でもないから大丈夫。まだ寝る?」
「ううん、起きる……」
そうは言ったが、鶴賀はそのまま、横向きに座って紫原の胸に凭れ掛かったまま動かない。胸に耳を押し当てているから心音でも来ているのかもしれない。鶴賀は時折こうして紫原の心音を聞いていて、すごく落ち着くのだそうだ。
そんな鶴賀の頭を撫でながら、紫原はデイパックからペットボトルとパン、缶詰を取り出す。缶詰はサバの味噌煮とさんまの蒲焼き、それからミカンの三種類だった。ミカンの缶詰には缶切りが輪ゴムでくくりつけられている。
「水緒、どれ食べる?」
「みかんがいい」
「ん。ちょっと持ってて」
缶詰と缶切りを鶴賀へ持たせ、紫原は皿やフォークがないかと部屋をでてキッチンスペースの方へ向かった。
キッチンも埃はつもっているものの綺麗にされているままで、どこも割れたり壊れたりしていない。やはり出ていってそう時間は経っていないのだろう。食器棚の中から深めの椀と小ぶりなフォークを手に取り、すぐに部屋へ戻る。
部屋へ戻りきっちりと扉を閉めてから紫原は鶴賀から鶴賀の手から缶を受け取り、開けて椀に注いで手渡すと鶴賀は小さな歓声をあげた。果物はよく食べさせてはいたが缶詰は初めて食べるからか、フォークでつついては目を輝かせている。
「あつしくん、みかんだね」
「ミカンだからね」
「……甘くておいしい!」
「よかったね」
にこにこしている鶴賀の頭を撫で、紫原もパンを食べだす。時折鶴賀からミカンを貰い自分のパンを小鳥が食べるようなサイズにちぎって与え、とのんびりと食事をし、食べ終えたころには時刻はもうまもなく七時を過ぎようとしていた。
X X X
黄瀬涼太と別れた後、高尾和成達はそのまま海岸沿いを歩き続け北東海岸の断崖にいた。
『三番遠藤太一君、十一番須田誠君、十八番灰崎祥吾君。男子は三人だけですねぇ。女子いきますよぉ。一番 安藤千恵さん、二番 岩部怜さん、三番 梅村沙織さん、五番 加賀詩穂さん、六番 川田美穂さん、十四番 早瀬紗恵さん。以上!順調ですねぇ、感心感心』
よく見知った同級生達の名前がどんどんとあげられていく。始まって五時間も経たない内に九人。高尾には到底受け入れられないペースで同級生たちが殺しあっている。
嘘だと思いたいけれど、この五時間で銃声は何度も聞いていた。
『続いて禁止エリアを発表しまぁす。時間と場所言うのでしっかりメモしてください』
青白い顔で緑間が地図を見ている。デイパックの内ポケットに地図と共に入れられていたボールペンを握る手が微かに震えていた。
淡々と読み上げられていく立ち入り禁止の区域は、高尾達がいるところとは遠く関係のないところばかりである。ただ十一時からの禁止区域に南東にある住宅地の大部分が含まれており、そこは後々行こうと言っていた場所であった。
『以上です、それではみなさん、頑張ってくださぁい!』
耳障りな声が消え、再び島に静寂が戻っていく。
地図の裏に放送で呼ばれた出席番号を記していた緑間が顔をあげ、こちらを見た。
「高尾、この後はどうするのだよ」
「……しばらくここにいようぜ。灯台も山の方もきっと誰かいるだろうから、あんまり近付きたくねえ」
ちらりと自分の横に座る茉柴を見やる。目を伏せ何かを考えている悲し気な横顔は少し泥で汚れていた。
「、眠い?」
顔を覗くように少し身体を傾ければ、ぱっと空気が変わっていつもの呑気そうな顔が見える。
「んー、別にそこまで眠くない。つか、超腹減ったんだけど何か食おうぜ」
「全くお前は本当に緊張感がないな。なんなのだよ」
呆れたように溜め息をついた緑間の顔にどこか安心めいたものがあることに高尾は気付いた。そしてそれが、茉柴のお陰なのだろうということにも。
張り詰めたり沈んでいる空気をこうして程好く緩めて、息をつかせてやる。茉柴は昔からそういうことが得意だった。ピリピリしていても茉柴がいればいつの間にか空気は緩んで、いつの間にかみんな笑っている。そういうこと、そういう空気をつくることができるところを高尾はとても尊敬していた。
軽口を叩いて笑う茉柴の頭を小突きながら、高尾もゆっくり息を吐いた。
どこかに行けるならもうここにはいないはず
2022.06.25