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短い休憩を挟みながらも青峰大輝たちは北西海岸付近の林までやって来ていた。
人の気配もなくあたりは静かで、波の音と葉擦れの音以外は何も聞こえない。木に靠れ腰を下ろした青峰はようやく落ち着きを取り戻した桃井さつきへ視線を向けた。

「さつき、寺山はどうした。はぐれたか?」
「ううん……まだ会えてない」
「ああ?」

どういうことだ、と青峰は眉を寄せた。てっきり誰かから逃げている途中にはぐれでもしたのかと思っていたが、そもそも会えていないとは考えてもいなかったのだ。
寺山の世界は桃井を中心に回っていると言っても過言ではなく、何をするにもまず最優先するのが桃井である。当然桃井が学校から出てくるのを待っているものだと思っていた。
だが実際には、桃井が学校を出るころにはもう寺山はどこか違う場所に移動してしまっていたのである。

「だからわたし、今までちゃんのこと捜してて……大ちゃんたちも見てないよね」

僅かな期待がこもった眼差しに首を振り、青峰は横で水を飲んでいた瀧川聖司をちらりと見た。瀧川も首を振る。
青峰と瀧川が今までに会った同級生は灰崎祥吾と桃井の二人だけだ。あとは誰にも出くわしていない。
桃井は二人の答えに肩を落とし、また少しだけ目元を潤ませた。このまま二度と会えなかったらどうしよう、そんな思いがまた浮上してくる。

「ちょっと休憩したら寺山さん、捜しに行こう」
「いいの……?」
「お前ひとりでうろつかせるよりは断然いいだろ」
「ありがとう」

まだ顔色は悪いけれど、やっと桃井に笑みのようなものが浮かんだ。

「さつき、お前少し寝とけ。顔色悪すぎ」
「え、でも」
「見張ってるから大丈夫だよ。目瞑ってるだけでも少しは疲れ取れると思うし」

瀧川も青峰も疲れた顔をしているのに、自分だけが先に休んで良いのだろうかと戸惑う桃井に、使っていいからと二人は自身の上着を差し出した。ここまでされてしまえば、断る方が申し訳ないだろう。桃井は二人分の上着を有難く借りて毛布のように体の上に掛けた。
緊張と不安、そして恐怖で冷え固まっていた身体が少しだけ温まるような心地がして、桃井はゆっくりと息を吐くと目を閉じた。

「大輝、どのルートで回るか決めておくか?」

桃井を気遣うような小さな声で瀧川はそう言いながら、デイパックから地図とボールペンを取り出した。ポケットに入れたままにしていた方位磁針もついでに出しておく。
青峰は少しの間桃井を見つめ、それから「あいつ、生きてるよな」と低く押さえた声で言った。

「……さつきちゃん置いて死ぬような子じゃないだろ」
「這ってでも会いに来そうだしな」
「それはそれで怖い」
「髪長い分ホラー感マシマシ」

くだらないことを言って少し笑って、それからどのあたりから探すか話し始めたころ、東の方から重く間延びしたような銃声が轟いた。
眠っていた桃井も飛び起き、青峰も自身の横に置いていたサブマシンガンを拾い抱える。息を詰め、目配せしたととき、続けざまに二度目、三度目それは響いた。

「灯台の方か?」
「分かんねえ。でもそっち側だな」
「も、もしちゃんだったら、どうしよう」

手元に広げていた地図を覗く二人に、真っ青な顔をした桃井が震える声で言った。
もしかしたら灯台にいるかも知れないと思って、あの時自分は灯台を目指していたのだと口早に言った桃井が、蒼褪めた顔で枕にしていたデイパックを掴む。上着を震える手で二人へ返し、それから懐中電灯と方位磁針を握り締めた。

「わ、わたし、灯台に行く、ちゃんいるかも知れない、わたし、行かないと」
「ちょ、待ってさつきちゃん、危ないって!」
「でも、でもちゃんだったら」
「俺、俺が見てくるから!」

桃井の良く手を阻むように立った瀧川は、あれだけ持つのがいやだった拳銃を強く握りしめていた。


X X X


赤司征十郎は島北部にある山の山頂につくられた展望台でぼんやりと景色を眺めていた。まだ暗く薄ぼんやりとしていてよく見えないけれど、随分遠くまで見渡せるのがわかる。
上から見ると、ここが小さな島なのだとよくわかる。島の半分以上が緑に覆われていることもあって、証にはなんだか未開の地のようにも思えていた。
家に帰ったら、この展望台から見た景色の話をしよう。それでどこかの展望台に一緒に行って、今度はちゃんと景色を楽しむのだ。ここ最近は兄とも出掛けられていないし、良い考えだと赤司は頬を緩めた。
だんだんと薄くなり始めた夜空を見上げていた頃、ダーンッと重たく伸びる銃声が聞こえて来た。また灯台の方からだ。
井戸の家から神社へ移動中にもあの方角から銃声が聞こえていた。一応灯台にも行ってみる予定ではあったし、行ってようか。
赤司はデイパックを拾い上げ、ベルトへ差し込んでいた銃を引き抜き握り締めた。まだ弾は残っている。
同級生はあと何人残っているのだろか。時計を見れば、男の言っていた定期放送とやらまでまだ二時間近くあった。
朝と夜のそれぞれ零時と六時に定期放送が流され、そこでそれまでの死者の名前と、これから立ち入り禁止となる区域が発表されると男は言っていた。もし時間まで禁止区域から立ち退かなかったら、または既に立ち入り禁止となっている区域に入ってしまった場合は、この首に着けられた輪が爆発するらしい。
もう少しここで休憩していくか迷ってが、すぐにはやく帰ろうと思い展望台の階段を駆け下りる。
そのまま駆け足で山を下り、赤司は地図も見ずに真っ直ぐ灯台へと向かって行った。もう既に地図は頭の中に入っているのだ。
時折確認のために方位磁針を見ながらも、迷うことなく赤司は林の中を走っていく。
まだ灯台に人は残っているのだろうか。銃声は三発だったが、実際そこには何人いたのだろう。
そうして灯台が見え始めたとき、視界に何かがちらりと映って足を止めた。

「(……灰崎?)」

転がる元同級生は胴体のほぼ全面を赤黒く染めている。恐らくあの連射音の犠牲になったのがこの男だったのだろう、としゃがみ込みじろじろと死体を検分していた赤司の耳にカサリと小さな音が聞こえた。
誰かがいるのか、ただの葉擦れの音か。
音の方向を見、じっと耳を澄ませる。しかしそれ以上何も聞こえてこない。葉擦れの音だと結論付け、赤司は再び灯台へと向かって行った。

周囲をよくよく見まわしてから林から飛び出し、灯台の扉を開ける。開けてすぐに拳銃を構えながら中へと入り、素早く扉を閉めた。
気分はさながら刑事、もしくは潜入捜査員である。なんなら扉を蹴り開けてみたかったが、蹴り開けられそうなほどヤワなものではなかったので断念した。

「……散弾銃か?」

灯台の中に入ってすぐの場所に死体がひとつ転がっている。部分的に体がなく、ただの拳銃やマシンガンで撃たれたのだろうものとは違うとすぐに分かった。
傷口的に結構な至近距離で撃たれたのではないだろうか。だとすれば、撃った側は相当な返り血を浴びているだろう。そんな状態でうろつかなければいけないなんて、とてもじゃないが赤司には耐えがたいことに思えた。
今でさえシャワーを浴びたいと思っているのに、他人の血でさらに汚れるだなんて気分は最悪だろう。

「(はやく終わらせて帰ろう)」

赤司は引き続き灯台内を見て回ったが生きている人間はおらず、ただ死体が新たに二つ見つかっただけであった。


X X X


桃井の代わりに灯台に行くと言い張る瀧川を説得するのはひどく骨の折れるものであった。
瀧川が一度こうと決めるとなかなか引かない男だということは随分昔から知っていたが、こんなところでそれが発揮されるとは思ってもみなかったのである。
結局力づくで頷かせ、瀧川よりも身体能力が優るからという一点で自分が灯台へ行くと青峰は半ば強引に決めた。
サブマシンガンと弾のみを所持し、それ以外を全てデイパックへ戻す。

「じゃ行ってくる」
「……危なかったらすぐ帰って来い」
「おう。お前らも誰か来たらすぐ逃げろ、待ったりするなよ」
「気をつけてね」

心配で目を潤ませる桃井の頭を一度撫で、それから二人に背を向け青峰は灯台のある東へと走っていった。
さっさと見て、さっさと戻ろう。瀧川と桃井だけ残すのは不安だが、そのどちらかが単独行動するよりは二人で固めておいた方がまだマシだ。自分がいない間に何かが起きないといいが、と周囲に気を配りながらゆっくりと走る速度を落としていく。
何があるか分からず、誰がいるかもわからないここはあまり物音を立てない方がいいだろう。林の中はまだ暗く、とても視界良好とは言えない。相手の位置は分からないのにこちらの位置は把握されている、などということは絶対に避けなければ。
島北部にある山の麓を通り過ぎ、灰崎祥吾と鉢合わせた場所の近くまで来たとき、後方からがさがさと草の音が聞こえて来た。明らかに誰かの動く音で、歩いてくるというのよりも少し音が速い。
青峰はゆっくり、なるべく足音を殺して歩いた。足音はこちらへ近付いて来る。傍の木にぴたりと身体をつけなるべく身を隠し耳を澄ませていると、足音がふいに止まった。
気付かれただろうか。
だが近付いて来る気配も無く、音も聞こえない。サブマシンガンをすぐに撃てるように抱えながら、そ、と木の影から青峰は音の方向を窺った。
木々の隙間からちらちらと赤いものが見える。まだ薄暗い林の中ではっきりと目立つあの赤は、間違いなくあの赤司のものだろう。
ざあっと血の気が引いていく。最悪だ。サブマシンガンを持っていても赤司を撃ち殺せるイメージが全く湧かない。赤司が誰かに負けるところが想像つかないのだ。
青峰がまた木の影に隠れるように身を引いたとき、足元の葉がカサリと音を立てた。心臓が引き攣る。木に背をつけたままひたすら青峰は息を殺した。
何の音はしない。
どうかそのまま立ち去ってくれ、と願う青峰の耳に、再びがさがさと動く音が聞こえて来た。どんどん遠ざかっていき、随分音が遠くなってから、ようやく青峰は息をついた。

まばたきの猶予

2022.06.22