これからひと月、おそ松兄さんはハタ坊の所持するどこだかの別荘で過ごすという。それも、中学生の男の子と。クズだクソだとは思っていたけど、そこにショタコン気質まで加わるとかもうどうしようもない。カースト最底辺の中でも更に最底辺、どん底もいいところだ。
もうすぐ夕飯という時間帯、僕も含め出掛けていた奴らが帰宅し六つ子部屋には全員が揃っていた。
ちらりと見たおそ松兄さんは、件の中学生、大和君を抱え込むように胡坐をかき、このクソ暑い中ぴったりとくっついて雑誌を見ている。レジャースポットが多く乗ったその雑誌はつい先日、おそ松兄さんがうきうきしながら買って来たものだ。
足を折り畳んできゅっと小さく三角座りして、おそ松兄さんの腕の中で大人しく雑誌を見ている大和君はファッション雑誌で見るようなモデルみたいで、抱えていた疑念がますます深まる。よく親は許可したよな、と。
夏休み中、二、三日くらい友達の家に泊まるっていうのならば分かる。でも、夏休み丸々他人に預けるってどういう家なの?
昼間見たあの制服、たしか山の方にある有名私立校のものだったし、良いとこの家の子だろう。そういう家って、子供の意思を尊重して好きなようにさせてますみたいな感じなの?だからって赤の他人で、しかもクソ闇地獄カースト最底辺のド底辺にいる男にそうやすやすと息子を預けていいの?ヤバくない?危機管理能力死んでない?
もしかしてだけど、許可貰ってないとか?無断で連れてきたとか?……あり得そうというか、その可能性の方が高く感じて、僕はとうとうおそ松兄さんに声をかけた。
「あのさあ、おそ松兄さん」
上機嫌で夏休みの計画を立てていたおそ松兄さんが、緩みきったその顔をあげた。大和君は水族館の紹介文と施設内の説明文を一生懸命読んでいる。
「ちゃんと親御さんには許可貰ってるんだよね……?」
鏡を見たり猫と戯れたり求人雑誌を意味もなく読んでいたり昆虫図鑑を眺めていたりしていたニートたちの意識がこちらに向くのが分かった。妙な静寂が場に満ちる。
おそ松兄さんはきょとんと目を丸め、それから「あったりまえじゃん!」と得意げに言った。その顔には、にしし、とあの子供みたいな笑顔を浮かべている。
「あ、そ。でもよく許可貰えたね、赤の他人のクズニートが相手だって親御さん知らなかったから?」
「んにゃ、向こうは知ってるよ?つか赤の他人じゃねーし」
「え?」
「大和は俺たちの親戚だよ?松蔵の方の」
「は、はあ!?」
「最初は反対されたけどほら、こっちにはハタ坊っつー最強のカードがあるからさあ」
へっへっへ、とあくどい顔をして笑ったおそ松兄さんは、大和君の頭を撫でてぎゅっとその体を抱き締め、なははとまた笑った。本当に、全くもってろくでもない男だ。
* * *
松代にひと月ハタ坊の別荘で過ごすことなどを伝え居間へ戻れば、一松がじっと大和を見つめていた。
その目は眩しく煌く美しいものをみるような、どこか蕩けた色をしている。居間の風通りが良くてほどよく日の当たる場所で眠る大和を離れた場所からじっと見つめるその顔はひどく穏やかで、けれど触れたいと叫んでいるようでもあった。
きっと一松もあの子のもつ特別な空気を感じ取ったのだろう。名状しがたい、魔じみた魅力。それを感じてしまえばもう、何をどうやってでも彼を手にいれたくなってしまうだろう。
けれどこの子はもう、俺のものだ。
一松の視線を感じながら大和のすぐ隣に腰を下ろし、きらきらと光を纏う髪を梳く。少し汗ばんだ生え際を撫であげれば、んん、と眉間に微かに皺が寄った。すりすりと額から頬へなるたけ優しく撫でていれば、眉間の皺が薄れて僅かに開かれた桃色の唇からほうっと小さな吐息が漏れる。
ああかわいい、なんて思っていれば、テレビを観ていたカラ松が「なあ」と口を開いた。
「お前はその子のどこにそんなに惹かれているんだ?」
極単純な好奇心で彩られた顔で聞いてくるカラ松は「確かに綺麗な子だと思うし、いい子なんだろうけど」と、すやすやと眠っている俺の天使を見ながら言う。
ああ、こいつは気付かないタイプの人間なのだ、と少しだけ俺は安心した。取られるとは思っていないけれど、こいつにまで好かれたら厄介だろうなと思っていたから。
「ん~そうねぇ……」
どこ、と聞かれると、少しだけ困る。
俺が大和にこんなに心を乱されるのは、彼が彼であるからだ。小綺麗な顔も、細い手足も、白い肌も。その雰囲気も、真っ直ぐ俺を見つめる眼差しも、時折見せる子供らしくない憂いの顔も。不器用で、無知で、無垢なところも、全てが俺を引き寄せる材料なのだ。
それこそ、『ビビッときた』のだ。この子だ、と。古臭いメロドラマみたいな言い方をすれば、彼こそが俺の唯一無二の存在であり、運命そのものなのだ。きっとこれは、大和も同じだ。彼も俺と同じように感じているだろう。
「あえてあげるんなら、まっさらで、すごくきれいなところ」
ふうっと悪戯に前髪に息を吹きかければ、ん~と小さく唸りながらもぞもぞと動き、猫のように小さく丸まってしまった。じんわりと浮き出ていた汗が、きらりと光りながら一筋首を流れていく。その汗を舌で舐め取ってしまいたいのを我慢して、指でそっと拭った。
ちらりと見たカラ松は何とも言えない顔をして俺を見ている。視界の端に移る一松は、小さく折り畳んだ膝に顔を埋めていた。
大和といるとそれだけで時間はあっという間に過ぎてしまう。あまり寝すぎるとまた夜に眠れなくなるだろうと十五時過ぎに大和を起こし、共に夏休み中の計画を立てていれば、出掛けていた弟たちが続々と帰ってきた。随分早い帰宅だ、と時計を見ればもう夕飯時で、あらまあ、なんて二人で顔を見合わせてしまったくらいだ。
戦場のような我が家の食卓に目を白黒させ、おろおろと俺を見る大和の可愛さににやけながら夕食を終え、問題が起きた。
「大和君も銭湯行くの?」
風呂の用意をしながら、トド松がそういえば、と俺を見た。
「え」
「銭湯……?」
「だ、だめ!絶対だめ!」
銭湯なんて行ったことない、とぽつんと呟く大和をぎゅっと抱き締めながらダメ!と叫んでしまう。銭湯なんて、そんな、大和のあの真っ白い肌を人目に晒すなんて許せるわけがないのだ。どこの誰だか知らん野郎にじろじろあんなとこやそんなとこ、全身余すとこなく視姦されるってことでしょ!?そんなの許すわけねーだろばっかじゃねーの!?
なんて、頭の中は大パニックどころじゃない。無理無理無理、絶対無理断固拒否である。
「大和は家の風呂に入ります。ね、大和、俺と家の風呂入ろ?」
腕の中で大人しくしている大和を覗き込めば、ぎゅっとされて嬉しかったのか頬をぽっぽと染めている。ほら、こんな可愛い子をあんな銭湯になんか連れていけない。無理だろう。
ドン引きした顔をしている弟たちなんて知らず、ただただ俺はすこし恥ずかし気な大和の笑みを堪能するのだ。
まあ当然なことだろうが、大和と一緒にお風呂には入れませんでした。
我が家の風呂はそれほど広くないし、何より愚弟共がそれはもうすごい勢いで、共に入ろうとする俺を罵るもんだからお兄ちゃんの心はぽっきりぱっきり逝ってしまったのだ。何が嫌って、大和には聞こえないように物陰に引っ張り込んできて小声なうえに早口で弾丸の如く言葉を放ってくるところである。心を満身創痍にして戻ってきた俺に、大和はひどく心配そうにどうしたの、大丈夫?と何度も問いかけてくれたのが救いだった。
まあでも、今日は一緒に入れなくても明日から一緒に入ればいいのだ。ハタ坊の別荘だ、恐らく風呂もデカいだろう。
「大和、おいで、髪乾かしてあげる」
風呂上がりの大和はむきたての桃みたいに淡くピンクに色付いていて、つやつやで、甘いにおいが漂ってくるようだった。
柔らかそうなタオル地のハーフパンツは腿の半ばまでくらいしかなくて白い脚がむき出しになっている。少年特有の筋肉も薄っすらとしか付いていない華奢な足に、緩い襟ぐりのTシャツから覗く鎖骨の無防備さといったら!
どこもかしこも美味しそうな御馳走が目の前にあるのに、ちょこっと味見をすることも出来ないなんて絶望的だ。
風呂上がりで上気していた頬をもっと薔薇色にして、嬉しそうに大和は俺の足の間に座る。少し俯いたことで丸見えになったぽこぽこと骨の浮く項は真っ白で、けれどしっとりと艶があって、くらくらしてしまう。目に毒なんて話じゃない。じっとり汗ばんでいるときはただただ淫らだと思っていたけれど、石鹸のにおいをさせている今は無垢ゆえの淫靡さを感じさせ、余計にこちらを煽ってくる。
「熱くない?平気?」
「うん、気持ちいい……」
とろりと蕩けた声に、顔が見たくて堪らなくなる。今度は洗面台とか鏡の前でやろう、とせっせと乾かしながら心に決めた。
* * *
僕は別におそ松兄さんがホモだろうが何だろうがどうでもいいのだ。僕に迷惑やら被害やらが及ばなければ、何をどうしようが好きにすればいい。
ただ、未成年に手を出すのは犯罪だから絶対に阻止しようとは思うし、目の前でいちゃいちゃべたべたされれば殺そうとは思うけれど。
トイレの帰りに客間を覗いたのは、単純な好奇心からだ。
今日は大和と寝るから!と元気いっぱいの十四松兄さんそっくりな花丸満点笑顔で、おそ松兄さんは旅行誌片手に大和君を客間へと連れて行った。寝る前、こっそり様子を伺いに行った一松兄さんと十四松兄さんは、楽しそうな笑い声がしていたと言っていたのを覚えている。
流石に家族が揃う中で手は出してないだろうな、という心配をするチョロ松兄さんを伴って向かった客間は深夜なこともあり静まり返っていた。そうっと襖を開け中を覗き込めば、真ん中あたりに布団が一組。え、とチョロ松兄さんと顔を見合わせる。客用布団は、祖父母が来ることもあるので二組あったはずだ。
そろり、と静かに近寄り覗けば、またしてもこんなクソ暑い中大和君を抱え込むようにしておそ松兄さんが眠っていた。腕の中にすっぽりと納まっている大和君はやはり寝苦しいのか、僅かに顔を顰めている。反対におそ松兄さんは子供みたいな安らかな顔だ。
なんとなく、見てはいけないものを見てしまった気分になって、チョロ松兄さんを伺えば、ドン引きした顔でおそ松兄さんを見ていた。
「戻ろ、チョロ松兄さん」
潜めた声で言いながらチョロ松兄さんの背を押した。
一秒を巡る羽化
rewrite:2022.03.23