須田恭也 屍人ノ巣 / 第二層付近
2003年8月5日 / 9時56分58秒
黒い、神父だか牧師だかが来ているような長いローブのような服を着た男に渡された、土偶に似た形の謎の物体を握りしめながら、須田は細い通路の行き止まりに座り込んでいた。須田にそれを渡してきた男は、あの訳の分からない、半透明のような光っているような不気味で異様で見たことも無い姿をした生物が現れた場所にいた男、のようにも思える。気を失い目覚めた、あの狭い場所に共に放り投げられていた男と同じ格好だった。何より顔が、同じだ。
けれど。
男の纏っていた雰囲気は、あの廃病院で手当てをしてくれた医者の格好をした男と同じように感じた。そして、あの医者の格好をした男の顔も、あの黒い服の男と至極似た顔をしていたように思う。双子、とか、そういうものなのだろうか。それとも単に来ている服が違うだけで同一人物なのか?
などと、どうでもいいようなことを延々と考えてしまうのは、須田が今、途方に暮れているからに他ならない。
ここまで共に行動し、時には導いてくれていた美耶子を失ってしまい、この先何をどうすれば良いのか全く分からない。美耶子の声や、存在は感じられるのに、美耶子その人はどこにも見当たらないのだ。美耶子を捜しに行こうにも、どこをどう行けば美耶子のいる場所へたどり着けるのか分からない。ここはあまりにも複雑なのだ。同じ場所をぐるぐると回ってしまう。
「消し去れって、なんだよ……」
手の中で小振りな謎の土偶を弄びながら、神父服の男の言葉を思い出す。“消し去れ、全て……跡形もなく”―――なんだというのだ、これで、何をどうしろって。
ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱し、頭を抱え込んだ須田の耳に、恭也、と涼し気で甘やかな声が聞こえた。耳に馴染むその声は、須田の捜し求めていた人物のものだ。
「美耶子?」
ハッと顔をあげ、周囲を探るが何もいない。美耶子、どこ?と口にしながら、立ち上がり、再度辺りを見回してもトタンや板があるだけで何も、自分以外誰もいない。
傍に置いていた猟銃を肩にかけなおし、土偶を片手に握りしめて目を閉じる。意識を沈め巡らせ、誰か、何かいないかと探せば、誰かの視界と繋がった。辺りを見回しながら、どこかへ向かっている。時折視界の端に少々歪な金属バットが映っていた。動き方からして、きっとあのゾンビみたいな奴らではない。
何処にいるのだろう、何となく見覚えのあるような場所を歩いている気がする。繋がるということはそう遠くにはいないということだ、行ってみようか。
須田は目を開け、細い通路を抜けた。時折目を閉じ、見つけた誰かの視界を確認しながら大体の目星で歩いていく。
もう一度、恭也、と声が聞こえた。呼んでいる、美耶子が俺を呼んでる。
駆け足で通路を抜け、曲がった先、ぎらりと凶悪にバットが光ったのが見え、咄嗟に身を引いた。
「う、わあ!?」
「お?」
ドッドッと大騒ぎしている心臓をぎゅっと押さえ、須田は己へ向かって何の躊躇いもなく金属バットを振りぬいたその人を見た。
「あ、あん時の」
悪かったな、と片手をあげて謝る男は廃病院に白衣の男と共に居た、須田へ言い知れぬ恐怖を味わわせた人物であった。
また一歩、足を引いてしまう。なんとなく、この男は危ない感じがするのだ。本能がこいつはヤバイ、と言っている気がする。
「ど、どうも……ひとりですか」
「そう。マキノと逸れたし、司郎も見つかんないし、ヤオのとこにもなんか辿り着けそうにないし」
「ふうん?」
名前を言われても、誰が誰だか分からない。しかしヤオ、はあの求導女だろう。神父服の男があの女に向かってそう呼び掛けていた。
ふと男が動きを止め、じっと須田を見る。
「……あ、須田クン?」
「えっ」
「どっかで見たことあると思ってたけどそうだ、須田なんとか……だよな。でもどこで会ったか覚えてねーんだよなぁ……でもお前に色々教えてもらった気がする」
何だ、何かがおかしい。目の前の男から、あの底の見えない穴を覗くような漠々とした恐れは感じない。危ないには危ないけれど、その種類が違うような感じ、と言えばいいのか。この男からは何をしでかすか分からないヤバそうな奴、という感じしかしないのだ。
「それ……お前、誰に貰った?カソックの男か?白衣の男か?前はカソックの男だったよな、今回も同じ奴か?」
「……“前は”?前は、ってなんですか」
「なにって、」
きょとん、と目を丸め、それから己の発言の不可思議さに眉を寄せ、首を傾ける。
「前って何だ」
「……あの、俺が何でここに、この村に来たのか知ってますか」
「はあ?知らねーよ。……あ、ちょっと待て、知ってる気がする」
むむ、と考えこんだ男の子供のような無防備さ。これではまるで、二重人格みたいじゃあないか。
「オカ板……?」
「そうです」
「なんで俺知ってんだ、お前から聞いたっけ?いつどこでお前と会った?……異常だ、絶対におかしい。俺は何に巻き込まれてんだ?何が起こってる?」
ぐるぐると混乱しだし、髪を掻き乱し始めた男に須田は確信した。この男、二重人格だ!二重人格、なんともオカルティックな響きである。二重人格の人物が登場するホラー映画やサイコサスペンスは山ほど観た。厳密にいえば解離性同一性障害などと云い精神病の一種でオカルトさとは無縁だが、彼にとってはオカルトの分類だ。
須田の目が大いに輝いた瞬間である。
牧野慶 屍人ノ巣 / 第一層付近
2003年8月5日 / 7時35分48秒
襲ってきた屍人を迎え撃ち、逃げる道中で大和を見失ってしまった牧野は途方に暮れた子供の顔でふらふらと歩いていた。
あの男、足が速すぎるのだ。足場の悪さなんぞものともせずにひょいひょい障害物を避けて走っていた。そんな芸当、根っからのインドア派な牧野が出来るわけがないのである。
「工藤さん、どこに行ってしまったんでしょう」
ぐずぐずと重怠い体を引きずる様に歩きながら、牧野は何度目か分からない溜息を吐く。体は疲れ切っているが、どこかで休むことも出来ない。休んでいるときに何かが襲ってきたら、そう思うとひとつの場所に留まっていられないのだ。
ここの大和がいれば、何度も何度もそう思いながら、時折意識を巡らせて彷徨い歩く。
そうして気付けば、随分と広い、見覚えのある場所に出ていた。十字の交差点、赤く点滅する信号機の横には上粗戸という標識がある。
上粗戸の、中央交差点だ。
Don't Be.第二十二裁 せめて、救世主らしく
牧野慶、宮田司郎 屍人ノ巣 / 中央交差点
2003年8月5日 / 7時42分44秒
「さよなら」
―――銃声。
2018.12.09