新人研修を終えて早々に任されたその本丸は何やら曰くのあるところらしい。今まで担当についた人間は自分を入れて五人。前任の男は何があったのか、自宅で倒れているところを発見され病院へと救急搬送されたもののいまだに目を覚ましておらず、その更に前任は徐々に心を病み引継ぎが完了すると共に首を括ってしまったらしい。それ以前の担当だった者たちのことは恐ろしすぎて調べてすらいない。審神者に問題があるのか本丸に問題があるのか、判断しようにも情報がひどく少ない。前任が残した資料からは当該本丸の審神者は就任十年の中堅であることと、現在の本丸は三つ目の本丸であることくらいしか読み取れず、上司からは“蔵”には近付かないこととへし切長谷部にはくれぐれも失礼のないようにということしか教えてはもらえなかった。かつての前任たちの資料も探したが見つからず、上司に問うてみても言葉を濁される。もしかすると、自分はとんでもない場所に行くのかもしれない。恐ろしさに血の気を引かせながら、新人の男は転送ゲートを潜りその曰く付きの本丸へと向かった。「ああ、来たな新人」ゲートの先、母屋へと続く石畳に、その神父のような様相の年若い男は立っていた。その隣には防具はしていないものの戦装束を身に纏ったへし切長谷部が侍している。出迎えてくれた本丸の主に挨拶をしようと男は口を開いたが、彼らの背後に広がる光景に目を奪われ言葉を呑みこんだ。二人の立つ石畳の両脇だけではなく、奥の庭までも爛漫と咲き誇る紫陽花で埋め尽くされている。艶麗といえるほど緋々とした紫陽花が群れを成す様はどこか寒気のする恐ろしさがあった。「前任もそうやって魅入ってたな」くつくつと喉奥で笑う声に男はハッと意識を取り戻し、慌て頭を下げる。「し、失礼致しました!挨拶もせず、申し訳ございませんッ」「いい、気にするな。よろしくな、新人」「は、はい、よろしくお願い致します!」なんだ、全然普通の人じゃないか。空気も綺麗で、本丸内もきちんと手入れの行き届いている。男は少しだけ安心したように肩から力を抜き、笑った。

灰篩のコーティング

rewrite:2022.05.09