「蔵?」

自分が担当している審神者・野茨の本丸から政府本部へと戻ってきた男は、己の上司に今しがた体験してきた話をした。
自分の味わった恐怖を少しでも誰かに零したかったのだ。そうでもしておかないと、今夜、絶対に眠ることが出来ないだろうから。まあ話をしたとしても眠れるとは思えないのだが。

「あ~、お前、知らなかったっけ……」
「……何ですか?」
「彼はあの本丸、三つ目でさ」
「三つ目」

前任の男から引継ぎの際にあそこがあの審神者にとっての初めて持つ本丸ではないと聞いていたけれど三つ目だとは思いもしなかった。

「前任から何も聞いてないのか?」
「とにかく言動に気を付けろとしか……あとへし切長谷部様にはくれぐれも失礼のないように、と」
「ああ、そう……まあ、あとで資料探しとくからそれ、読めよ」
「はあ」
「で、蔵だったか」

上司は少し難しそうに眉を寄せ、深く息を吐き口を開く。

「あの蔵ん中には、―――」

ざああっと自宅のシャワーを頭から浴びながら、男はどこか呆然とした顔をしていた。
自宅に戻ってから、否、その前からずっと男の頭の中は上司から聞いた話で埋め尽くされていた。上司の言葉と、この世ならざる美しさで咲き乱れる紫陽花がぐるぐるぐるぐると廻る。
は、っは、と男の息が少しずつ乱れ始めた。

「開けてくれ」

不意に耳元で錆び付き罅割れた声がして、

「うあぁああっ!」

男は勢いよく振り返った。背を壁にぴったりと付けて狭い浴室内のあちこちに視線を巡らせる。
何もない、自分以外誰もいない。なのに今、確かに何かの声がした。あの、悍ましい蔵の中から聞こえたものと同じ声だ。

『あの蔵ん中には、堕ちた刀神とそれに引き摺り込まれたモノが押し込められてんだ。開けてたら多分お前も駄目になってただろう。あの審神者はそれを浄化して、土に還す役目を特別任務として担ってるんだ。……紫陽花、お前も見てるだろ』

すぐ目の前に、あの不気味なほど艶やかで緋々とした紫陽花群を見た気がした。

火と銀に宿る化物

rewrite:2022.05.09