悍ましいほどに美しい、目にも鮮やかな緋い紫陽花群の中、そこだけぽっかりと穴が開いたように真っ青な紫陽花が咲き誇っていた。さらさらと降り注ぐ雨が屋根を叩く音を聞きながら、ぼんやりと審神者はその青い紫陽花を見つめる。青い紫陽花の周囲が、少し滲む様に紫がかっていた。「あれは駄目だな」柱に寄り掛かる様にして呟いたその声に「掘り起こしますか?」と少し気だるげな声が応えた。男が振り返る前に後ろから伸びた腕がぎゅうっとその身を抱き締める。それから犬のようにすりりと彼の頭に煤色の髪が擦り付けられ、柔らかな頬がぴったりと首筋にくっつけられた。ほう、と微かに色付いた吐息をつきながら、長谷部は己が主にもう一度「掘り起こしてしまいますか、アレ」と尋ねる。それからまた目の前のものが自分のものだとマーキングでもするようにもぞもぞと頭を擦り付け、くすくす笑う彼の主の薄い耳朶を食んだ。ちゅうっと吸って、耳殻を裏側かられろりと舐め上げればひくりと肩が揺れ、小さく息を呑む音がした。主の反応にうっそりとした笑みを浮かべながら、耳の付け根、皮膚の薄い場所をきつく吸い上げて赤紫の痣を残す。甘い声がひとつ零れたのに満足し、今しがた残した痕にもう一度キスを落として長谷部は主から離れた。「長谷部……」振り向いた彼の少し潤んだ瞳が、微かに恨めし気な色を滲ませながら長谷部を見る。それににっこりと笑みを返して長谷部はちらりと庭先に視線を向け、再度主へ伺いを立てる。「どうします、片付けてしまいますか?」「もう明日でいい」拗ねたような声音で言った主は長谷部の胸へその身を寄せた。くったりと身を預けてくる己が主にとびきり優しい笑みを見せ、長谷部は半ば抱えるように彼を室内へと連れて行く。隙間なく外障子を閉めてしまえば怨嗟の声はもう聞こえない。「今日はもう、お仕事はおやめになりましょう」こくんと頷いた長谷部の主の目はもうとろとろと蕩けだしている。まだ乱れたままの寝具へその身を沈めてしまえば、あとはもうただ溶け合うように混ざるだけだった。

夏は傷みやすい

rewrite:2022.05.09