花が咲き乱れる眩い庭の片隅、厭に暗く薄ら寒い色を纏う小さな蔵。その前に立ち、長谷部は深く息を吐いた。いつだってこの瞬間は憂鬱で、出来ることならばこのまま回れ右をして己が主の元へ戻ってしまいたいと強く思う。けれどここで去ったところで何が変わるわけでもなく、むしろ“増える”ばかりで余計うんざりするだけだ。長谷部はもう一度息を吐くと蔵の錠を外し戸を開けた。「はぁせべ~!」蔵の中から二つばかり引き摺り出し、漸う紫陽花の根元に埋め終えた頃、自分を呼ぶ主の声が聞こえた。「はい、ここにいます」汚れた上衣を脱ぎ縁側へと置きながら、長谷部は中へ入り主の元へ駆ける。彼はどうやら厨でお八つを用意していたようで、長谷部が贈った裾に控えめなレースやフリルの施されたいささか少女趣味なエプロンを身に着けていた。女性のように華奢でも、少女の如き可憐な顔立ちをしてるわけでもない男がこういった少女趣味なものを着ると、なぜこうも倒錯的に見えるのか。その顔が端正であるがために余計、得も言われぬ艶をつくり、長谷部は主のその姿を見る度に胸を高鳴らせあらぬところも熱くさせてしまう。腰元でリボンを結んでいるが故に見える、きゅっと締まった腰のラインを密かに、しかし舐めるように見てしまうのも毎度のことだ。「はい、今日のお八つはかき氷です」今日も暑いからな、と言いながら彼は頂点から半ばまで真っ赤な色をした小さな山を長谷部の前と、自分の席の前に置く。目の覚めるような鮮やかに赤いそれは、庭で美しく咲き誇る紫陽花の色に似ていた。「頂きます」「どーぞぉ。あ、これ、ミックスベリーなんだって。前に担当からシロップの詰め合わせ貰ったろ?そん中に入っててさ」赤く染まったかき氷を一口、含む薔薇色の唇。ぼうっとその様を見つめる長谷部の熱っぽい眼差しに、主は緩く笑む。「長谷部、今日のお仕事は終わったか?」「……はい」「じゃあ、食べ終わったら部屋、戻ろうか」あーん、と向けられた匙に乗る赤は、自分に与えられた物よりも数倍、甘く感ぜられた。
ほどけない火のかたわら
rewrite:2022.05.09