じっとしていても汗が浮かぶ日の強さに、地面が白く光っていた。氷水の張る金盥に足を付けながら、長谷部は隣で同じく盥の中に足を付けた己が主を見やる。氷菓子を頬張り、時折氷水を蹴り上げる彼は随分と暑さなど感じていないように元気だ。「主、暑くないのですか?」寛ぐ猫のように目を細めていた彼が、きょとんと目を丸めて長谷部を見る。「あっちぃけど?」ぱしゃん、と水が跳ねる。「でもアイス食ってるとちょっと涼しい」お前も食う?と食べかけの氷菓子を差し出され、長谷部はさっと頬を染めた。暑さで仄かに色づいていた頬が鮮やかな薔薇色になっている。「長谷部はかわいいなぁ」こんなんで赤くなるなんて、いつももっとすごいことをしているのに。と、笑い交じりに言う彼をじっとりと睨めば、ますます笑い声が大きくなる。「ほら、溶けるから食えよ。あーん」唇に触れた氷菓子はひんやりとしている。そ、と唇を開き差し出されるまま齧り取ったそれは思っていたよりもずっと冷たく、そして甘い。「美味しいですね」「だろ?」得意げな顔する彼に笑みを返しぺろりと唇に残ったそれを舐め取った長谷部の鼻先を、もったりと纏わりつく、甘い様な饐えたうんざりする臭いが掠めていった。「この時期は厭ですね」「なにが」しゃくりとまた一口彼が氷菓子を頬張るのを見つめながら長谷部はため息交じりに言う。「臭いですよ」眩い庭の片隅、そこだけ影を纏ったように薄暗い小さな蔵へ視線をやり、長谷部は心底嫌そうに眉を寄せた。「そう?俺は別に」はい、とまた長谷部へ氷菓子を差し出しながら彼は平然と首を振る。「慣れたんかなぁ」なんでもないような顔で言い、長谷部の齧った先をぱくんと口に含み目を細める。ちろりと氷菓子を舐めた毒々しいまでに赤い舌に、あの日、同じ色を纏い薄く笑んだ彼を思い出す。最後の一口をごくんと飲み下した彼が蔵へと視線を流し、緩く笑んだ。「そろそろ埋めるかぁ。今年も綺麗に咲くだろうな」小さな蔵にみっしりと詰め込まれたものを思い出し、長谷部は顔を歪めた。
開かずの間
rewrite:2022.05.08