まだ本丸内のみんなが寝静まっているような時間から、俺の朝は始まる。五時半から六時くらいには燭台切たちが起き出してみんなの朝食をつくり出すから、その前に全てを終えていないとならない。
うっかり台所で鉢合おうものなら何をされるか分かったものではないのだ。それ故今日も今日とてまだ空が薄暗い中でせっせと裏庭の畑から採った野菜で朝食をこさえるのである。
今日は採れたてのトマトときゅうりの自家製ドレッシングをかけた簡単サラダに、玉ねぎと落とし卵のお味噌汁、ちょっとしょっぱめの焼き鮭だ。落とした卵のお味噌汁は、長谷部の大好物なので週に一回はつくっている。
あの淡い青紫の宝石をきらきら輝かせて食べる姿は、全身で美味しいって言ってるみたいで見てるだけで胸がいっぱいになる。俺の素敵で無敵な神様はとても格好良いけれど、すごく可愛い。
一度この本丸にいる神様たちにも食事を用意したことがあったけれど、信用できない者が用意したものなど食えるかと捨てられてしまってから、作るのは自分の分だけだった。だから朝食は自然と極々簡単な適当な具を入れたおにぎりだけとか、適当なものを挟んだサンドイッチだけだったけど、俺だけの神様がここにやってきてからは二人分、毎日せっせと一生懸命作らせてもらっている。
料理は特別好きでも何でもなかったけれど、俺の神様が見せる美味しい!ていう顔を見るためだけにどんどんレパートリーも増えて腕前もあがっている気がするくらいだ。
「主、そろそろ時間ですよ」
同じ時間に起き出して俺が朝食を作っている間に軽く鍛錬する長谷部は、いつも五時を過ぎた頃に台所へ顔を出す。とても気遣いの出来る長谷部は、俺が彼らとあまり会わないでいられるように色々と注意を払ってくれるのだ。
「ん~、もう出来る」
傍にやってきた長谷部へ切ったばかりのトマトを一欠け食べさせながら、出来上がったものをそれぞれ盆へと乗せていく。甘くて美味しいです、とにこにこ笑う長谷部につられて俺までにこにこしながら盆を手に台所を出て部屋へと向かった。
いつも部屋で食事をとる時に使用している折り畳みのテーブルは、よく気の利く長谷部がもう部屋の真ん中に設置してくれている。いつの間にやら飲み物まで準備されていて、毎朝のことながら長谷部は凄いなぁなんてしみじみ思ってしまった。
テーブルへ盆を乗せ、いつものように向かい合わせに座る。今日のお味噌汁が落とし卵だと気が付いた長谷部が、輝かんばかりの笑みを俺へと向けてきた。これが尊いっていう気持ちなのだろうか、としみじみ思いながら手を合わせる。
「では」
「「いただきます」」
真っ先にお味噌汁へと手を付けた長谷部を眺めながら、甘くて美味しいらしいトマトを口に含む。うむ、確かに我ながら美味しく育てたものだ。甘くて瑞々しい。
「今日もとても美味しいです」
「それは良かった。昼は遠征に行く予定だからタヌキにぎりだよ」
「たぬきにぎり……?」
「ああ、知らないよな。えーと……麺つゆを染み込ませた揚げ玉と葱のおにぎりのこと」
「美味しそうですね!」
「おお、美味いよ。今日は残りの鮭も混ぜて鮭入りタヌキにぎりだな」
楽しみです、とサラダをつつきながらキラキラした目を柔く細めて長谷部が笑った。目の前にある夢にまでみていた和やかな食事風景に、俺は毎日いつだって感動してしまう。
長谷部が俺のもとへ来てくれてから、半年が過ぎていた。
* * *
朝目が覚めれば長谷部に寝間着から着せ替えられて、風呂に入れば長谷部に髪を洗われ背中を流され、風呂からあがれば髪を拭かれて乾かされ、すっかりの明かりの落ちた真っ暗な廊下を手燭を持った長谷部に手を引かれて自室へ戻る。
気が付けばそんな風に、俺の身の回りの世話を長谷部はこの半年で着々と焼いていた。いやそこまで神様にさせるわけには、と断ろうとすれば少し寂し気な目で微笑まれたり、にっこり満面の笑みで押し切られる。
なんとなく、どんどん自分が駄目なものになっていくような気がして、あんまり甘やかさないでほしいと言えば「俺はあなたに、心おきなく甘えてほしいのでやめられません」となんとなく噛み合っていない言葉を優しい笑顔と共に返されてしまった。
で、気付けば今日、何故か同じ布団で寝ている。何故?
「なんで長谷部、ここにいるの」
「あなたが悪い夢をみないように守るためです」
俺が時々怖い夢をみて飛び起きて、どうしようもない不安感にぐるぐるして庭を眺めたり布団でもぞもぞしたり意味も無く空の書類箱をつついているのを知っていたらしい長谷部がそうっと俺の頭を撫でてくる。
一度、飛び起きて庭の花壇を眺めていたところに長谷部がやって来たことがあった。わざわざ自分の部屋から毛布をもってきて包んで抱きしめてくれたのがすごく安心したのを覚えている。そのままその日、一緒の布団で眠ってくれてすごく嬉しかったのも覚えていた。
「はせべ~……!」
じわじわと胸が熱くなって、目頭も熱くなって、鼻の奥がツンとしてきた。長谷部があまりにも素敵で無敵な神様すぎて、俺の涙腺は今日もがばがばだからすぐにじわじわ視界が滲む。
朝、着替えを手伝われるときに触れるあたたかい手や、風呂で髪を洗ってくれる優しい手つきや、暗い廊下でしっかり俺を引っ張ってくれる大きな手が、今はあやすように俺の背中を撫でている。どこまで俺に優しくて、俺を甘やかしてくれる神様に、どんどん柔らかいところが満たされていくような気がした。
「はせべ、ありがと……おやすみ」
「おやすみなさい、どうかよい夢を」
少しくすぐったそうにふふ、と小さく笑った長谷部が優しく俺を抱きしめてそう言ってくれた。
あの日と同じく、きっと今夜も悪い夢はみない。
とっておきのやさしい毛布
2020.04.19 | お味噌汁に目をきらきらさせる長谷部くんと、せっせと主のお世話をする主お世話係(永年)の長谷部くんかわいいなっていうお話。