02

桃っちと楽しそうにお喋りしている赤司っちのヤクザな彼女こと東雲クンは、もうすっかりバスケ部に馴染んでしまっていた。
今日一日だけのマネージャー、ということで入ってきた彼はにこにこ笑っていて優しく、俺たちの想像とは似ても似つかぬ別人のようであった。何らかの凶器も持っていなければ、威圧してヤクザみを出してくることもない。
ふわりとした笑顔でタオルややたらと美味しいドリンクを差し出してくれて、うっかりめちゃめちゃいい子じゃんとか思ってしまうくらいだ。その度に赤司っちの生爪剥いで全治一か月という文言が脳裏を過り、我に返る流れを繰り返していた。
楽しそうに笑いながら桃っちにスコアのつけ方を教わっていた東雲クンと、ふと、目が合った。ぱちりと大きな目が瞬いて、それからふにゃっと小さな子供みたいに無防備な笑顔をみせられる。
あ、あれ、……あれ!?なんか、すごい可愛いのでは!?あれ!?普通に素直ないい子に見えてくるし、小動物みたいで突っつきまわして撫でたくなるような、ダル絡みして困らせたくなるような……。
いや待て、黄瀬涼太。あれが演技である可能性もある。この世の中、綺麗な顔した奴ほど性根は悪いのだ(偏見、諸説あり)。美人で性格も良いなんてほとんど都市伝説で滅多に出会えない現実で、こんな見た目も中身も良いなんていう人間がそんな身近にいるか?
いやでも諸説あるから。見た目が良い故に周囲が平和で暢気なほわほわ人間になる可能性もある。綺麗なものの傍にいるとき、自身もまた綺麗でありたいと思うのはある種当然の心理ではないだろうか?
ほとんど善人にしか触れて来なければ、その人もまた善人であろう。悪に染まる切欠も何もないのだから。

「待って生爪全治一か月っスわ」

善も悪もねえ、それ以前の問題だ。

「黄瀬ちんさっきから何ぶつぶつ言ってんの」
「え!?」
「え、なに」
「何も言ってないっスけど!?」
「こわ……」

引いた顔で俺を見て黒子っちたちの方へ歩いていく紫原っちから、また東雲クンへ視線を戻せば、またぱちっと目が合った。俺と紫原っちのやり取りを見ていたのか、不思議そうに目をまん丸にしたお手本みたいに可愛いきょとん顔に息が詰まる。
う、と胸を押さえ蹲った俺に誰かの驚いた声が聞こえて、それからぱたぱたと人が駆け寄ってきた。

「大丈夫?どっか痛いの?」

隣にしゃがみ込んで背中を撫でてくれる小さな手にハッと顔をあげれば、すぐ目の前に東雲クンがいた。
へにょん、と垂れた眉が子犬のようだ。どうしてこうもいちいち庇護欲的なものを刺激してくるのだろう、同い年の男か?中学二年生なんてもっとクソみたいに尖りたい時期じゃないの?

「爪剥がしたってマジ?」
「爪……?」
「あっ」

混乱したままの脳がぽろっとずっと気になっていたことを零してしまった。いや一番聞きにくいこと聞くなよ俺、馬鹿か。何と返されても会話続けづらいし怖い。

「ああ、征十郎くんの?剥がしたよ、見る?」
「え、み、見る?見るってなに?なにを?」
「征十郎くんの爪」

花丸が貰えそうな満面の笑みでもってそう答えた東雲クンに意識が遠のいた。


* * *


幽霊とかゾンビとかのホラー系の映画なんかは結構好きで観るけれど、スプラッター系だけはどうにも駄目だった。変なところで共感してしまうのか、どうにも痛々しくて、自分がやられているみたいな気分になってしまうのだ。
同じような理由でバイオレンス色の強い映画も痛くて観ていられなくなる。アクション映画のような生々しさの薄い殴る蹴るなんかはいいけれど、そうじゃないとやめたげてよお!となる。姉達には情けないとかヘタレとか弄られるけれど、苦手なものは苦手なのだ。

「黄瀬くんに嫌われちゃった」

はーあ、と寂し気な溜め息つきでぽつんとつぶやかれた言葉に、大袈裟なほど身体が震えた。
暴力の権化(バイオレンスの擬人化でも可)が何か言ってる。こわい。赤司っち今すぐ俺の隣に来て。

「な、なに言ってんスかもー嫌ってなんかないっスよ」
「黄瀬ちん声がたがたじゃん、ウケる」

練習の途中でぶっ倒れて数分後に復活してから、何故か東雲クンが俺の隣にいる。
怖すぎて大木的安心感がある紫原っちにしがみ付いてるけど、時々こうしてぽつんと何かを話しかけられてはビビり散らかしてしまうのはもうどうしようもない。俺に、赤司っちの爪を見るかと聞いた東雲クンの目は至極愉快そうだった。俺はそれがどうにも怖くて仕方がないのだ。
だって、そんな、全治一か月の怪我を負わせておいてにこにこする?それって人間じゃなくない?

「や~、東雲クンちょっとかわいくて緊張しちゃうんスよね、あは……」

東雲クンは、ガワだけは人畜無害で爽やか王子様系の顔面で笑顔は可愛い。けど中身はとんだサイコパス野郎だ。美人に性格良しの人間はやっぱりいないのだろう。
あんなふわふわ小動物みたいな顔で笑っておいて、自分の恋人の爪剥がしているのだ。愛だなんて言って。そんな人間と同じ空間にいるというだけで背筋が冷える。

「黄瀬くんみたいなカッコいい人にかわいいって言われるとちょっとどきっとしちゃうね」
「は?かわいいかよ」
「黄瀬ちんってやっぱおもしれーね」

照れたようなはにかみは完璧だった。完璧に普通の可愛い照れ顔で脳がバグりそうになる。怖くて傍にいてほしくないと思うのに、こうしてちょいちょい俺の小動物カワイイねゴコロを刺激してくる。
東雲クンは桃っちに呼ばれ、やっと俺のそばを離れていった。その背を見ながら思わず安堵の溜め息をもらせば、今まで遠巻きにしか見ていなかった黒子っちが寄って来る。
黒子っちは東雲クンを遠巻きに見るだけでなるべく近寄ろうとしない。青峰っちもそうだ。

「黄瀬君なんか懐かれてます?」
「知らないっスけど気狂いそう」
「さっきなんで倒れたんですか?殴られました?」
「いや、俺うっかりぽろっと聞いちゃったんスよ、あの~、マジで爪剥いだのって」
「へえ」
「見る?って言われた」
「えっ」
「赤司っちの爪見る?って」
「こわ……サイコキラーかよ」
「見たんですか?」
「み、見るわけねーーー!!見るわけないじゃないっスか黒子っち頭おかしいんじゃない!?」
「うわうるさ」
「……具合悪くなってきた」
「あ~黒ちんが思い出させるから~」
「はあ、すいません」
「気持ちこもって無さすぎ。ちゃんと言って」
「僕は東雲さんを呼んでくるので座っててください」
「呼ばなくていいからここにいて!」

なんてぎゃあぎゃあ騒いでいれば、何を騒いでいるのだと呆れ顔の緑間っちがやって来た。
緑間っちは東雲クンに対してとても当たり障りない。下手に遠ざけたりして何かがどうにかなるのも恐ろしいので、極々普通、努めてフラットに接しているのだろう。可もなく不可もなければ、触らぬ神に祟りなしと同一なのだよ……といまいちよく分からない理論を呟いていたし。
黒子っちから改めて東雲クンのサイコぶりを聞いた緑間っちは、静かに顔を青くしてベンチへ座り、タオルで顔を覆った。きっと今すぐ家に帰りたくなっているはずだ、俺もそうだから。

「お前たち、いつまで休憩しているつもりだ」

通夜ばりの落ち込みをみせる緑間っちにつられて俺たちも黙り込んでいると、向こうで先輩たちと何やら話し込んでいた赤司っちがいつの間にかすぐ傍に立っていた。

「すいません、黄瀬君がまだ具合悪いみたいで」
「その割には元気そうに話していたと思うが」
「思い出しグロッキーです」
「思い出し……?」
「赤司っちさぁ、東雲クンのどこが好きなんスか」

このついぽろっと考えてたことが出ちゃうの絶対どうにかしないといけない。いつか破滅する。

「……一生懸命なところかな」

そう言った赤司っちは、見たこともない甘やかな顔で笑っていた。

野ざらしのパレード

rewrite:2022.05.07