※赤司征十郎が物理的に痛い目に遭う恋は盲目な話
※キセキメインで主人公はあまりでません
赤司君に恋人(詳細不明)がいるということはバスケ部レギュラー陣なら誰もが知っていること(発信源:マネージャー)であるが、それがトンデモない人だなんていうことはこの時まで誰も知らなかった。
彼の恋人が普通ではないと判明することとなった切欠は、その指に巻かれたテーピングである。
いつも通り体育館へやってきた赤司君の左手の薬指だけ、やたらと丁寧に根元から指先まで、さながら緑間君のようにテーピングされていたのだ。突き指なりなんなり、何某かの怪我でも負ったのかと思っていたけれど、彼は特に何も気遣うことなく至って普通にいつも通り部活に励んでいる。
ではあのテーピングは何か?
まさかファッションなんてことはあるまい。確かに彼は時折発言に少々イタタなものが混じるところがあるのは否めないが、それ以外は特段眼が疼くことも左腕が疼くことも、何かヤバそうな組織からの言葉を受信したりもしていない。
何よりテーピングで個性を出すのは緑間君だけで十分だ。
「赤司君、指でも切ったんですかね」
「うーん、特に痛がってもいないからそうなのかも」
桃井さんからドリンクを受け取りながら、赤司君を観察してみるがいつもと全く変わりはない。
本当にただ少し指を切ってしまったとかさかむけを引っ張ったらエグいところまでいってしまったとか、そんな些細な怪我なのかもしれない。まあ絆創膏だと引っ掛かったり剥がれてきて鬱陶しかったりするのだろう。
と、勝手な結論を下して桃井さんと頷いていたのだが、その薬指をボードのぶつけたらしい赤司君が崩れ落ちたことで事態は急変した。
「ええっ、赤司っちどうしたんスか?」
「電撃食らった倒れ方じゃん、赤ちんだいじょぶ?」
「うわ、どーしたよ赤司」
わらわらとレギュラー陣が彼の周りに集まっていく。見ているだけでも巨人に囲まれる圧迫感がすごい。
僕と桃井さんも少々遠巻きながらも傍まで行って伺うと、蹲った赤司君がなにやら悶絶していた。がったがたに震えた声で大丈夫、と言う赤司君の顔色は全くもって大丈夫ではないし、なんなら涙目である。
「いや全然大丈夫っぽくないんスけど!?」
「いや、ほんと大丈夫だから……」
「瀕死じゃん」
「痛いのは薬指でしょう、一体どうしたんです?怪我でも?」
ぴ、と赤司君が固まり、視線が僅かに泳ぐ。言いたくない、とでかでかと顔に書かれていた。
「どんな怪我ですか?」
「いや……」
「切りました?それかささくれが凄いところまでいきました?」
「うわ痛い痛いやめて黒子っち、想像させないで」
「聞き方を変えます。すぐ治りますか?」
「……全治一か月くらい」
「ああ!?お前どんな怪我してんだよ!」
「赤司、一体何をどうしたらそうなるのだよ……」
項垂れる赤司君を囚われの宇宙人方式でベンチに座らせると、桃井さんが冷汗か脂汗でびしゃびしゃになってしまった彼へタオルを渡した。
赤司君は礼を言い受け取り、そのふかふかなタオルに顔を埋めて深く溜め息を吐いてからゆっくりと話し出した。
「ちょっと爪を剥がされたんだ」
「……ん?」
「爪!?」
「えっ!?」
「ど、ど、どういうことなのだよ……」
「拷問されてんじゃん」
「お、お前身内にヤクザでもいんのかよ」
「いや……なんていったらいいかな、その、“愛”なんだ」
「あ、あい……」
遠い目、否死んだ目でそう言った赤司君に全員の顔が引き攣った。
いやそんなものを愛なんて言っていいのは空想世界に存在するヤンデレなる者だけであるし、現実に行った場合は確実に訴訟案件だ。ヤンデレに愛されて眠れなくなっても許されるのは二次元のみなのであって、三次元上では許されざる行いである。警察行け警察。
と、同じく死んだ目で赤司君を見ていたが、勘のいいガキである僕は気付いてしまった。
愛、つまり犯人は彼の恋人なのでは?赤司君のような人が、生爪を剥ぐなんていう凶行に走る猟奇的な彼女をお持ちだとは俄かに信じがたいが、好みは人それぞれ、蓼食う虫も好き好き……。
「赤司君、まさかとは思いますが」
「ああ……うん。まあお前の思ってる通りだよ」
「即刻別れるべきです。ただ、場合によってはもっと大きな傷害事件に発展しかねないので警察に行きましょう」
「え、え、何の話?ねえ何の話?」
「赤ちんのカノジョの話でしょ」
「ヤクザが彼女ってやっぱ赤司すげーな……」
やいやいまた賑やかになりだした外野をぼんやり見つめて、それから赤司君は薄っすらと笑みながら首を振った。
「別れない。俺はあの子が好きだから」
* * *
衝撃の事実(赤司君の恋人が猟奇的な彼女)が発覚した翌日、赤司君を除いたレギュラー陣でこそこそと緊急会議が行われていた。議題はもちろん、赤司君の全治一か月の指の話とそれを負わせた彼女の話である。
あんな指でよくもまあバスケをしようと思ったものだが、彼曰く痛みには慣れるとのことだ。いや慣れるなそんなもの、と声を大にして言いたい(実際緑間君は言った)。
本人はそんな調子で特段気にも留めずに昨日は練習に励んでいたが、周りはもう気が気ではなかった。バスケなんて基本何をするにも指先に力が入るものだろう、もう痛みを想像するだけで失神しそうになる(実際黄瀬君は失神した)。
ということで、赤司君の指先対策も含めた緊急会議なのである。
ミーティングの際によく使用する部室横の部屋はいやに重たい空気に満ちていた。皆一様に物々しい顔で会議机を見つめている。はたから見ればなかなかに笑える絵面だろう。
「マジでどうするよ」
「どうするって言っても、赤司っちはその子のこと好きなんスよね……」
「あのさぁ……赤ちんって、マゾなの?」
「恐ろしいことを言うな紫原」
「でも実際そんなことされても別れたくないようですからね」
「脅されてるとかじゃないんスよね?」
「だと思います。好きだと断言していまたし」
「何考えてんだあいつ……」
「警察に行くべきだなのだよ。あんなもの、DVだろう」
「普通ならばですが」
「普通、ね……」
「赤ちん普通じゃないからね」
ふう、と各々が溜め息を吐いた。
もしかすると、DV被害者に時折みられるという依存のようなものなのではないだろうか。この人には私しかない、私が悪いだけだからあの人は悪くない……。半ば洗脳状態のような、そんな具合なのではないだろうか。
赤司君はもともと周囲をよくよく見ている人だ。上に立つ人間ならではの視野の広さと公平さがあった。いつだってフラットに現状を把握して判断出来る人が、こと自分と彼女の在り様に関してのみそれが著しく狂ってしまっている。恋は盲目と云うが、それにしては度が過ぎていないだろうか。
「やっぱり洗脳されているのでは……?」
「せ、せんのう……」
「洗脳ではなくとも、それに近い現象が彼に起きているのかもしれません。彼に必要なのはカウンセリングなのでは」
「でもどーやってそんなの受けさせんの?」
「君のメンタルが変調をきたしているのでカウンセリングを受けましょう」
「直球~!」
「相手は赤司君です。何をどう婉曲しようが隠そうが真意は残らず全て伝わってしまいますよ」
「確かに」
「一旦赤ちんの彼女は置いといてさあ、赤ちんの指どうすんのか決めとこうよ。治るまで出禁にする?」
「監督たちになんて言うのだよ」
「赤ちんの薬指が生肉剥き出しなのでしばらく休みます」
「生肉剥き出し」
「間違いではないけど言い方ってもんがあるだろ紫原」
「確実に大事になりますね」
「逆に一か月も大事にならない休み方なんてある?」
「うーん……」
また一様に皆が溜息を吐いた時、部屋のドアが開いた。
噂をすれば何とやら、ドアの向こうから顔を出したのは話題の中心人物である赤司君だ。怪訝そうな顔で僕らを見まわし、何をしているのかと首を傾げる。
「話し合いか?」
「ええまあ、今後の君への対応について」
「ちょ、直球……」
「俺の?」
「赤司君、君は今とても不安定な状態かもしれないんです」
「俺が?」
「僕たちのためにも指が完治するまできっちりメンタルケアを受けてください」
「えっ、征十郎くん、メンタルよわよわになっちゃったの?」
「え」
「なに!?」
「だれ!?」
突然聞こえた全く知らない第三者の声に会議室の面々がパニックを起こしていると、赤司君がちょっと笑いながら「今日はマネージャーが二人休むと連絡が入ったから手伝いに来てもらったんだ」とドアを大きく開けた。
「こんにちは」
にこ!と擬音がつきそうな、背景花柄の少女漫画な笑み。顔面が整った選ばれし者のみに許されるその技はなかなか攻撃力が高く、黄瀬君で慣れていなければ僕たちは一撃で死んでいただろう。
見るからにキラキラしい男子生徒は目をしぱしぱさせる僕たちへ向かって自己紹介をしてくれた。
「征十郎くんのかわいい恋人の東雲薫です、今日は一日お手伝いしにきました」
男子生徒はそう言って、にこ!とまた擬音と花を撒き散らせた。
ただの体育館の一室が、突然嵐の孤島のような空気に満ちる。室温が十度は下がったように感じたのは僕だけではないようで、黄瀬君は失神しかかっている。
それはそうだろう、こんな、昨日の今日で、突然猟奇的彼女(DV訴訟案件濃厚、実家がヤクザの可能性大)が目の前に現れたのだ。心の準備も何も整っていないというのに!
「仲良くしてね」
こんなにも今すぐ家に帰りたいと思ったことはないだろう。
付かず離れたい
rewrite:2022.04.28