01
※赤司征十郎が憑かれる薄っすらホラー


冬物を仕舞い込んでいたクローゼットの一番奥に置かれていた桐箱を見つけた時、赤司征十郎は一瞬それが何だか分からなかった。何の装飾も無い、彼の手の平と同じくらいの大きさの古ぼけた薄い真四角の桐箱。はて、こんなもの、持っていただろうか。
少し滑る側面に指をかけ開こうとするが、何かが引っかかっているのか思うように開かない。振ってみれば、こんと硬いものがぶつかる音がする。多分箱と同じくらいの大きさの物が入っているのだろう。少し出来た隙間に爪を引っ掻け少々強引に開くと、パキン、と何か細いものが折れる様な音と共にすんなりと蓋が動き、開いた。
中に入っていたのは、繊細な装飾の施された銀細工の丸い手鏡だった。外装に反して真新しそうなそれはぬらぬらと濡れたような輝きを放っている。ぼうっと少しの間見惚れるように赤司は鏡を見つめ、それから桐箱へ目を移した。
一体何が引っ掛かっていたのだろう。何かが折れたようだけれど、それらしいものは何もない。桐箱の中も、美しい鏡と、その下に敷かれた白い布しかない。上蓋の内側などあちこち見てみるけれど、何かが引っ付いていた様子もないし、留め金ということもないようだ。
何だったのだろう、と首を傾げながら赤司は鏡を手に取った。ひんやりとした丸い手鏡は、まるで彼の手に吸い付くようにしっくりとくる大きさで、裏の鏡面も磨いたばかりかと思うほどぴかぴかと光っている。
どこでこの鏡を手にしたのだろうか。記憶を辿りながら、下に敷かれていた布も手に取ってみる。と、布の下に何か、紙片のようなものがあった。その紙片には何かが書かれていたのだろうが、粉々になってしまっている上に茶色く変色しており全く判別できない。不思議だ。桐箱や紙片は古く、随分と昔からある代物のようなのに、鏡だけ新品に見紛うほど綺麗なままなのである。
何となく薄ら寒いものを覚えて、赤司は布を敷き直し鏡を仕舞うと桐箱の蓋をぴったりと閉じた。それから逡巡し、机の一番上、鍵のかかる引き出しの一番奥へ押し込むように入れるとすぐに錠を下ろす。その鍵を握り、何故か早鐘を打つ心臓を落ち着けようと深く息を吐いた。
赤司はその鍵をベッドサイドのミニテーブルへ置くと、中断していた衣替え作業を再開した。


* * *


遠くに教会の鐘の音が聞こえる。少し濁ったような、ひんやりとした空気が頬を撫でていった。病室みたいな部屋だ。白い壁に白い天井、コンクリートのような灰色の混ざった白い床。窓が無く、壁に掛けられた大きな青空の絵と、花瓶の活けられた妙に瑞々しい大振りの向日葵、それくらいしか色彩の無い部屋に赤司はいる。
否、いるわけではない。赤司は、今自分は夢をみているのだと、ここが夢の中だと理解していた。
朝起きて、みた夢を覚えていることはあったけれど、夢の中でこれは夢だと感じたこともあったけれど、ここまで意識がはっきりとしているのは初めてだ。赤司はぐるりともう一度室内を見回した。
部屋の中央あたりにひとつ、小さな白い丸テーブルがあり、椅子が二脚。それから奥に白いベッドとクローゼットがあって、その向こうに扉がひとつだけある。白い天井にはシーリングファンが付けられており、少し離れたところに埋め込み式のエアコンか換気口のようなものがある。
異様な部屋、そう思ってしまう。何故こんな夢をみているのだろう。こんな、隔離病棟じみた空気の漂う場所にいる夢だなんて。
ふ、と赤司は息を吐くと脱力したように椅子に腰かけた。考えたところで所詮夢の内容だ、意味の無いことなのだろう。自分の立てる音とファンのまわる音以外何も聞こえない。静かなものだ。
ぼんやりと妙に威圧的な青空の絵を見つめていると、部屋の奥、ベッドの方からカタン、と音が聞こえた。ハッと見れば、ベッドの向こうにある扉が僅かに開いている。その向こうには暗闇が広がり、窺い知れない。
こくん、と一度唾を飲みこみ、赤司は静かに立ち上った。何故か、物音を立ててはいけない気がしたのだ。そうして足を踏み出そうとした赤司の手、テーブル上に置いていた手に、何かが触れた。
ぞっとするほど冷たくて、けれどしっとりとして、柔らかな、人の肌の感触。全身の血が一気に引いていく。
反射的に赤司は手を引き、振り返った。


* * *


何か厭な夢をみた気がする。
飛び起きて、ベッドヘッドに凭れて荒い息を整えながら、赤司は今しがたみていたであろう夢の中身を思い出そうとしたが、何も思い出せなかった。ただ、手の甲に何かが触れたような感触だけが残っている。
水でも飲んで落ち着いたら、忘れてしまおう。まだ起きるには随分と早い時間だ。もうひと眠りして起きることには、きっと何もかも忘れている。
そう思ってベッドから足を下ろしたとき、左足が何かを踏んだ。冷たくて硬い感触に一瞬どきりと心臓が跳ねる。

「鍵……?」

何を踏んだかと思えば小さな鍵だった。手に取れば、それが昼間、赤司自身がサイドテーブルの上に置いた引き出しの鍵だと分かる。だが何故それが、床の上に落ちているのか。ぶつかった覚えもないのに……。
その鍵を握りしめ、赤司はそろりと顔をあげ机を見た。
机の一番上の鍵がかかる引き出し。赤司が昼間に鍵をかけたはずの引き出しが大きく開いている。そして奥に押し込んだはずの桐箱が蓋の開いた状態で顔を覗かせ、あの美しい鏡が、月光にぬらぬらと輝いていた。

陰影のゆりかご

2019.09.23 | はじめてのホラー(?????)連載が赤司くんでとてもうれしいです。