やり過ごすことばかり上手くなる
線路の向こうで彼が何かを言っている。僕へ何かを伝えようとしている。
けれど彼の声は鳴り響く警報機の音に紛れ、ここまで届いてこない。一体何を僕に伝えようとしているのか知りたくて線路を越えようとする僕を遮断桿が阻む。
彼は悲しげに目元を歪めていた。そうしてそっとまた唇が開かれたとき、轟音と共に目の前を列車が走り抜けていく。
これで彼の元へ行ける、と思ったのに、列車が過ぎ去り見えた向こうには彼の姿はなかった。
どこにもなかった。
「征ちゃん?」
気遣うような柔らかい低音にふっと意識が戻る。顔を上げれば心配げに顔を歪めた玲央がこちらを見ていた。
「大丈夫?なんだか今日はぼんやりしているようだけど……どこか具合が悪いなら、」
「ああいや、大丈夫だ。すまない」
少し心配性なチームメイトの心遣いに感謝をしながら首を振った。
ぼんやりしている、そうかもしれない。ふと気づけば考えてしまっている。今更あの日の出来事を夢にみるなんて、どういうことだろう。
ずっと忘れていたのに、否、忘れようとしていたのか、蓋をして。線路の向こうで彼は僕に何を伝えたかったのだろう。痛そうに悲しそうに歪められた目、必死さを纏った彼の顔。
彼は列車が過ぎ去った後、どうしたんだったろうか。夢では消えてしまっていた彼は、実際はどうしただろう。僕が忘れて消してしまったその事柄は厭になるほど悲しく寂しい。
彼は今、どうしているのだろう。今どこで何をやっているのかすら僕は知らない。彼が伝えようと、最後に言おうとしていたことさえ僕は分からないままだ。
列車が通る前、唇を開いたときに一瞬過ぎった諦めのような薄い笑み。伝わることなどありはしないと言うようなあの笑みがどうしようもなく胸の奥底を揺する。
いつになく安定しない自分に目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。こんなんじゃ何も出来ない。駄目だ、蓋をしなければ、忘れなければ。
僕はまだ、立ち止まれないのだから。
遠く、警報機の音が聞こえた。
rewrite:2021.12.10