Cemetery

※主人公:チャーミングな何様俺様天才(自称)様な人外説のある男(諸説あり)

月蝕の変種

▼ 宮田司郎

工藤大和は肉しか食べない。それは豚でも鹿でも人でもどんな肉でも構わず、調理済みでも生でも関係なく食べる。まるで獣だ。彼は肉以外のものを口にすることは出来ない。食べると直ちに嘔吐し、丸一日不調となる。その量はほんの少しでも駄目なようで、以前少しだけ玉ねぎを混ぜたハンバーグを食べさせてみたら見事に吐いていた。妙な体だと思う。どうなっているのか気にならないといえば嘘になるが、研究したいという程でもない。「おかえり」大和は俺が帰るといつも玄関まで迎えに来てくれて、これが結構嬉しいものなのである。「司郎、ステーキ食べたい」彼に会うまではあまり自炊をする方ではなかったのに、この男が俺の料理を食べたがるから今ではほぼ毎日何かしら作るようになった。大和の方が俺よりも料理の腕前は格段に上なのに彼は俺が作ったものを食べたがる。いつも玄関まで出迎えに来てはこうして夕飯のリクエストをし、作れと雰囲気で言ってくるのだ。彼は肉ならば何でも食べるが、中でもステーキを好む。それもブルーレアのような血の滴る、ほとんど生と言ってもいいようなもの。ここで俺がステーキを作らなければきっと彼は生で食べるのだろう、いつもそうだ、仕事や疲れていて食事を用意できないときの大和の夕飯は大抵生肉だ。全く気持ち悪いことこの上ないのだけれど、一度だけ、彼が本当に血の滴る生肉を食らっているのを見たことがある。まだ出会って間もない頃、肉なら何でも食べると言うから冗談で地下に転がる死体を食べてもいいと言ったら彼は本当に食べてしまった。俺から奪ったメスで、やけに慣れた様子で皮を剥ぎ何の躊躇いもなく元は人だったものを口にする彼は酷く不気味で、しかしゾッとする程美しくもあった。口の端から血を垂らす彼にいつか自分もああやって食べられてしまうのではないかという恐怖を感じ、吐き気を覚えた。だがそれもまた良しとどこかで思っている自分もいたのだ。この男を構成する一部になるのも悪くないなんて、俺も相当気持ちが悪い。
rewrite:2022.03.14

朝になったら泥々のぐちゃぐちゃ

▼ 宮田司郎

俺が大和に向ける感情は、彼が俺へ向けてくれるものとは全く違う。恋だなんてそんな綺麗なものじゃなく、もっと薄汚れた穢らしい、最早愛とすらも到底呼ぶことの出来ないどろどろとした粘度の高いものを纏っただけのただの執着と欲望だ。ただこの手の中に彼があり、彼を好きに出来るのがこの世で自分ただ一人なのだということを確信出来ればそれでいいのだ。どんな形であれ、彼を占める全てが俺であればいい。彼を幸せにするだとか、彼の隣にいたいなんていうささやかで青臭くも美しい感情はとうの昔に死んでしまった。死んで崩れて、そして残ったのがこれだ。大和は俺を愛してくれている。恐らく心の底から、誇らしくなるほど何の偽りもなく。彼の愛は目が眩むような輝きを持ち強く美しい。それは彼の素直さがなせるものなのだろう。しかし彼のその美点である素直さが、俺を苦しめるのだ。大和といると柔らかな真綿に優しく包まれているような心地になれるが、同時に酷く惨めな気分にもなるのだ。彼の曲がることのない目が、愛が、じりじりと奥底を焦がして、何もかもをめちゃくちゃにしてしまう。「ぁ、っぐ」だから俺は、彼の首を絞める手から力を抜くことが出来なくなる。俺は彼を苦しめなければならない。彼といると感じるあの痛みや焦燥と同じ分だけ、彼を痛めつけて苦しめなければいけないのだ。俺だってこんなこと、好きでやっているわけじゃない。けれどそうでもしないと、腹の底で渦巻く欲望が彼を殺めてしまう。「苦しいか」放してしまえばいいのだろう。手を放して、離してしまえばいいのだ。それが最善だということは当の昔に解りきっていたけれど、俺は大和を手放したりなんてしたくない。彼は誰にも触らせたくない、俺以外触れてはならない宝物なのだ。「愛してる」酷く苦しげな顔をしている彼に顔をよせ、酸素を求める唇にそっとキスをおくる。「おやすみ、大和」そうしてゆっくりと手を離し、咳き込む彼を残して静かに扉を閉める。そして錠を下した。これで少しの間は、安心していられる。
rewrite:2022.03.14 | 文字書きの為の言葉パレット(@x_ioroi)「占める・絞める・閉める」