ふいに肩にかかった重みに視線を移すと大和さんが眠っていた。先程まで読んでいた本は膝の上で開かれたままになっていて、落ちてしまわないうちに栞を挟み脇へ置く。少しだけ彼の髪を撫でて、空いた手にそっと触れた。長い指に自分の指を絡めて握りしめると落ち着く彼の体温がじんわりと伝わって、心がふわふわとした柔らかいものに包まれていく。それは大和さんといるときはいつも感じるものだった。彼はどうだろう、私と一緒にいるとき、この綿あめにも似た感覚を味わったりすることがあるのだろうか。私みたいに幸せで幸せで堪らないと、心の底から感じたりするのだろうか。大和さんはよくに「お前といると幸せすぎて死にそうになる」なんてすごく優しく笑うけれど、それが私みたいにずっとずっと奥底から思っているのかというとどうだろう。大和さんは解りやすいけれど、とても難しい。考えていることがすぐ顔に出るけれど、肝心なことが何も解らなかったりする。「あなたは難しい人ですね……」ふいに脳裏を過るのは自分と同じ顔の人間だった。大和さんとよく色々な話をしている宮田さんだったら、もしかしたら私なんかよりもずっと彼のことを知っているのかもしれない。そう思うと急に心がひんやりとして、迷子になった幼子のような恐ろしさと寂しさがいっぺんにやってきた。鼓膜を撫でる静かな寝息は何の答えにもならない。私は彼のことなど何一つ知らないのかもしれない。彼のことなら何だって知っていたいと思うし、誰よりも私が一番の理解者でいたいと思うけれど実際にはどうだ。持て余した感情の行き場はなく、飲み込み無理にでも消化するしかないのだろう。そっと彼の頭に自分の頭を寄せる。「ねえ、大和さん。私は、これから先もずっとあなたの傍にいたいです。誰になんと言われようと、あなたの隣は私の場所であってほしい」いつものように馬鹿だなと言ってほしかった。俺にはお前しかいないよって、俺の隣はこれから先ずっとお前のものだって笑ってほしかった。けれど彼の返事はなく、ただ穏やかな寝息だけが、否定も肯定もせず鼓膜を揺らすのだ。
rewrite:2022.03.10