03

どちらが加害者か些か迷いそうな暴行事件から数日、大和とレオナは食堂へ訪れていた。
大和にとっては初めての食堂、ビュッフェ形式のそれにわくわくと目を輝かせ旺盛な食欲のままに食べたいものを取っていく。魔法を使うようになってから以前にも増してよく食べるようになった大和は、トレーに乗った既に山盛りの皿二枚に加え、その後ろを着いて来ていたレオナにも料理を持たせていた。どれも自分で食べる分だ。
大和がもともとは全く魔力を持たない人間であるということを知るレオナからすれば「育ち盛り、順調に成長している」と思うことであるが、知らぬ者から見れば少々異様な食欲である。すれ違う生徒たちがぎょっと目を見開いて二度、三度見していくのも仕方がない。

「いつ見てもえらい量っすねぇ。これってずっと続くんすか?食費とかえげつないことになりそうだけど」

手が塞がっているレオナの分の食事と自分の分の食事を手にしたラギーが、あれこれと皿にのせていく大和を眺めながらのんびりとこぼした。
ラギーは大和が魔力を持っていなかった人間であると知っている。更に言うとこの世界とは別の場所からレオナのよって“召喚”されたことも聞かされており、レオナと魔力回路を繋げたことにより大和自身が魔力を持つようになったことも、その魔力回路形成・定着のために体になんらかの負担がかかることも知らされていた。

「あと半年もすれば魔力回路も安定する。ただ回路が安定した後もエネルギーが消費され続けるなら今のままかもしれねーな」

どのような負担がかかるかは人それぞれ、おおいに個人差がある。痛みが伴う者や、意識障害に陥る者、様々いるが大和の場合は食欲に直結していた。食欲、というより体力、エネルギーといった方がいいのかもしれない。
どれだけ食べてもすぐに空腹になってしまう、というのは少々困りものではあるが、痛みや意識障害、記憶障害といったことが起きるよりはずっと良い。なのでレオナは求められるがまま欲しいだけ大和へ食物を与えていた。金ならまああるので。

「ビュッフェって色々食べれるからいいよな」
「今のヤマトくんならビュッフェじゃなくても色々食べれんじゃないっすか」

やっと選び終えテーブルに置かれた皿はどれも山盛りである。それ以外にもパスタやパンが置かれ、ここだけでも小さなビュッフェのようだ。
大食い大会でもはじまりそうなテーブルの様相に周囲の生徒たちもちらちらと見ていたり、マジカメ中毒と噂のケイト・ダイヤモンドは嬉々としてスマートフォンのカメラを向けている。そういった反応に何を言うでもなく、大和は嬉々として目の前の食事に手を付けていった。
見ていて気持ちが良いほどの食べっぷりにギャラリーたちが出来始めたが、このあと始まるであろう二人の恒例行事をあまり見たくないラギーはさっさとこの場から去るべくやや詰め込み気味に食事を進めていく。レオナがあと少しで食べ終わる、というところで一足先に食べ終えたラギーは「じゃ、お先っす」と一言残しさっさと食堂をあとにした。
ラギーが去って暫し、自分の食事を終えたレオナがおもむろにステーキの乗った鉄板を引き寄せる。多少冷めてしまったステーキに簡単な熱魔法(NRC生はレンチン魔法と呼んでいる)をかけてあたため、サイコロ状に切っていった。
いつものレオナであれば、ほとんど切らずに王族にあるまじき大口で(なのに下品に見えないのは育ちのせいなのか、とポムフィオーレ生の間では七不思議のひとつとなっている)平らげていく。だがこのステーキは自分で食べる分ではなく、

「ほら」
「んあ。……ん~美味いけどレオナん家のやつのが美味い」
「当たり前だ」

食べさせる分なので、ちまちまと食べさせやすいサイズに切っていたのだ。
その光景を見た者たちの間に激震が走ったのもまあ、当然であろう。
あの世話される側であろうレオナ・キングスカラーが手ずから食べさせているのだ。介助でも何でもない、ただのバカップル行為(『はい、あ~ん(うんざりする量のハート)』『あ~ん(同じく反吐が出るほどの量のハート)』)をあのレオナ・キングスカラーは行っているのである。
せっせと大和の口元に肉を運び、時たまパスタやサラダなど違うものを食べさせ、水を飲ませ、また別の食事をせっせと運ぶ。少し開いていた二人の隙間も今やなく、ぴったりくっついているどころか今にも膝に乗せそうな空気に、幾人かが白目を剥いて倒れた。
この人どこの誰?ロイヤルソードアカデミーのやつに頭が花畑になる魔法でもかけられたの?と周囲が慄く中、サバナクロー寮生たちだけは『いつものが始まったな』とちょっと嫌そうな顔をしてさっさと食堂から出ていく。ピンクや赤のハートが飛び散る空気を長時間浴びると心身に異常をきたすということを、大和が寮で生活するようになって数日でいやというほど学んだのだ。

「どうする」
「ん、……このパイとグラタンもう一個ずつほしい」
「一個でいいのか」
「うん、結構腹いっぱいになってきた」

口に放り込まれるがまま咀嚼していた大和の口元を一度拭い、レオナは空いた皿を片付けがてら追加のパイとグラタンをとりに席を立つ。
いよいよ現実を受け入れられなくなった周囲のものたちはすうっと視線を逸らし、何も見てませんけど?という顔で自身の食事に戻ったり、教室へ戻って行ったりしていった。


* * *


「ねえ今すごいの見たんだけど」
「え、なに?」
「イケメンがイケメンにあーんしてた」
「は?」
「けもみみついた褐色イケメンが色白イケメンにあーんしてた」
「そんなバカップルみたいなことここでする奴いんの?」
「片方怪我でもしてたのか?」
「単純にいちゃいちゃラブラブしてた。ハート飛び散ってたし。あれは絶対色白が受け、僕には分かる」
「またいつもの幻覚なんだゾ」
「だな。ほら時間ねーんだからちゃっちゃと食えよ」
「ちげ~~~~!マジもんのマジだったの!」
「ほら監督生、せっかくのパスタが冷めるぞ」
「優しい目が沁みるんだよな~~~」

デュース・スペードに監督生と呼ばれた少年は「何故誰も信じないのか?」とぼやきながら少しばかり冷めてしまったパスタに手をつける。
先に食べ終えてしまった猫のようなモンスターのグリムに時々ベーコンを持っていかれながらもパスタを頬張っていると、不意にふわりと甘い匂いが漂って来た。チョコレートのようなほろ苦いものに花の蜜に似た甘い混じったそれに、監督生は食事の手をとめて周囲を見る。

「どうした?」
「なんかいい匂いする」
「いい匂い?」
「チョコと花みたいな……あっ」

ぱち、と目が合ったのは先程の褐色イケメンであった。色白イケメンの腰を抱くようにして出入り口のあるこちらへと歩いてくる。
ぽかん、と口を開けたまま自分たちを見やる監督生に褐色イケメン、レオナは一瞬眉を寄せてから何事もなかったかのように視線を逸らし悠々と歩いて行った。

「う、嘘だろ……」
「なんだよ」
「今の人って誰?」
「今の?」
「あそこのイケメン二人……」
「あ~……右側の人は確かサバナクローの寮長だったよな」
「ああ、式典の時にもいたから。あの二人がどうかしたのか?」
「めちゃめちゃ甘くてえっちな匂いした」
「……」
「……」
「なん、なんでそんな顔する!?したよ!したもん!ね、グリムしたよね?」
「もぐ、してないんだゾ」
「あっ、また手掴みで!ばっちぃんだからやめなさいって言ってるだろ!風呂でめちゃくちゃに揉み洗うからな!」
「ふな……」
「も~はやく食えよ。マジで時間ないんだからさぁ」

エース・トラッポラにせっつかれた監督生は「おかしいなぁ」とぼやきながらまた食事を再開した。


* * *


「レオナ、どうかした?」
「いや」

食堂から出る少し前に突然機嫌の悪そうな空気を出し始めたレオナに大和は首を傾げ、目の前にある今にも苛立たし気にばたばたしそうな尻尾の先をきゅっと握った。もぞもぞと手のひらの中で動くふあふあの尻尾の先がくすぐったい。
くつくつと笑っていれば、じっとこちらを見下ろしていたレオナが急に大和の身体を抱き上げた。

「おわ!なに?」
「帰るぞ」
「えっ」
「帰って匂い付けだ」
「なに、どしたの」
「あいつ、お前の匂いを嗅ぎ取っていた」
「あいつ……?」

ぐるる、と不機嫌そうに喉を鳴らすレオナはもう既に鏡の間へと歩き出している。こうなってしまったらもうどうにもならないことを大和はもう知っているので、『あいつ』は誰なのか問うこともなくただ黙ってレオナの首に腕を回した。
少しずつ漂い出したほろ苦くて甘い香りにつられて、きっと自分からもオメガフェロモンが漂い出しているだろう。先生にまた怒られちゃうかな、と大和はぽやぽやしてきた頭で考えながらレオナに身を預け目を閉じた。

春の獣

2023.04.20 | もともと『天運』はこのステーキを細かく切って食べさせてくる世話焼きレオナを書きたくて書いたもののそこまでいけなかった話なので、今回の『寵愛』で書けて大変満足です。