※超王道閉鎖的男子校パロ、モブ視点


僕には昔から、赤い糸というものが視える。
赤い糸。運命の人同士を結ぶそれ。例え話や夢物語によく出てくるフィクション的なそれが本当にあるのだと知っているのは、この世でどれだけいるだろうか。
赤い糸、と一概に言っても、どれもが糸で、どれもが赤い色をしているとは限らない。その人たちの関係の状態で色は異なるのだ。
運命とは言っても必ずしも幸せではないように、結ばれていても不幸であったりもする。そういう人たちのものは青紫や、濃紺、冴え冴えとした青など冷たい色合いだ。反対に、幸せな者たちのものは可憐な桃色や、淡く色づいた薄紅、燃えるような赤など温かい色をしている。
太さも縫い物に使うような細糸から、撚り紐のような太さのものまで様々だ。その太さは繋がりの深さなのだと僕は思う。
繋がりが薄く浅い程細く、そして細ければ細い程すぐに切れてしまう。たとえ運命であろうと切れてしまえば終わりだ。一度切れたものは二度と元には戻らず、結びなおすことも叶わない。それが、僕の知る“赤い糸”だった。
そしてその赤い糸は、結ばれている場所も人によってそれぞれ異なる。フィクションの話どおりに小指に結ばれていることもあれば、手首だったり足首だったりもする。僕が見てきた中で一番多いのは手首だ。僕の両親も手首に結ばれている。
僕に視えているものが赤い糸だと知ってかれこれ九年余り経つが、僕は心底美しいと思える糸に出会えることを夢見ている。そしてその夢が今、叶おうとしている、かもしれない。

僕の通う学校は全寮制の男子高校で、外界から隔たれるように郊外にぽつりと建てられている。そのため、顔と頭が良ければ良いほど強い権力を手に出来たり、顔が悪くても家が金持であれば同じように強い権力を握られる。
多感で精力の有り余っている時期の男どもがある種閉鎖された場所に寿司詰めにされていれば、自ずと捌け口も同性相手に向くのか、ここでは男同士での恋愛が当たり前だったりもする。まあここを卒業すればほとんど自然消滅するような、ここでしか存在しえない“関係”であろうが。
というような、ここは社会では通用しないようなルールや現象が多々ある少々おかしく、なかなかに恐ろしい場所だった。
そんな学校に今現在、とても有名な『カップル』が存在している。
絶対的な王者の風格を持ち、自由気まま思うがままに生きるナチュラルボーン俺様な工藤大和と、世にも珍しい六つ子の長男で同じく自由気ままに生きているものの面倒見が良く、陰で“猛獣”なんて呼ばれている工藤大和すら手懐けてしまう松野おそ松の二人だ。
入学当初から有名人であった二人の付き合いは中等部二年生からで、親友でもあり兄弟のようでもあった。共に過ごした時間は長いとは言えないだろうが、そこにあるものは誰にも壊せるものではないだろう。
そう思わせるほど、仲睦まじく、親密な空気が二人の間にはあったのだ。
きっとこの二人は、運命の糸で結ばれている。視なくてもそう分かってしまう程、二人が並ぶさまはパズルのピースのようにぴったりとはまっていた。きっとその糸の色も、鮮やかな濃い桃色をしているのだろう。そして切れることのない、しっかりとした太さを持っていることだろうと僕は感じていた。
視たいけれど視たくない。視てしまうのが惜しい、勿体ない。そんな気持ちがして、この学校に入ってからずっと視ることを我慢していた。
けれどとうとう、やはり欲には勝てず、僕は糸を視ることを決めたのだ。

ざわざわと食堂が俄かにざわめきだし、彼らが来たのだと顔をあげた。見たところ、どうやら今回は六つ子のうちの二人が一緒なようだ。
紫のパーカーに深緑のカーディガン。松野一松と松野チョロ松だろう。三男と四男はあの二人といることが結構多い。松野一松は工藤大和によく絡んでいる(聞いたところによると、松野一松には工藤大和がネコ科の動物に思えているらしい)し、松野チョロ松はふらふらしてはあちこちで騒動を起こす松野おそ松のストッパー役のようなものらしい。
あちこちで小さくあがる黄色い声と熱烈な視線は一種異様な空気を作り上げている。仲良くカウンターに並びトレーを受け取る二人は、後ろを歩く松野一松や松野チョロ松と何か楽しげに会話を交わしながら、食堂の中央付近にあるテーブルについた。その席は、なんと僕や友人たちが座る席の斜め前。
なんたる偶然、なんたる幸運。今、まさに視るときなのかもしれない。
逸る胸を抑え、一度目を閉じ、スイッチを切り替えるように意識を変える。そうすれば、赤い糸が視えるのだ。
ゆっくりと目を開け、そうして僕は息を呑んで、後悔した。

「な、んだ、あれは……」

衝撃のままに思わず言葉が零れ落ちる。
気持ちが悪い。ぐうっと吐き気がして、どうしたと訝しげな顔をする友人たちに何も言えないまま僕は逃げるようにその場を去った。
そのままトイレに飛び込み、奥の個室に駆け込んで鍵をかける。便座に座り込み、震えている両手を強く握り締めた。
鮮やかな桃色などしていなかった。そんな綺麗なものではない、血のようなどす黒い赤色をしていた。何度も鮮血を浴び、冷え固まったようなその色合いは悍ましい以外の何ものでもない。そして何十何百もの糸が集まり縄ほどの太さになったようなそれは、まるでお互いの首を絞めるように巻き付いていた。
運命なんていう美しいものじゃない。あれは、そんなものじゃなかった。

愛に似た災い

rewrite:2022.03.16