※not監督生、ハーツラビュル寮生


ジョシュアの家の庭には離れのようにして小さめのトレーラーハウスが置かれていて、そこは俺たちの数ある秘密基地のひとつだった。
かつてはそこでジョシュアの父が休日に絵を描いたり彫刻を彫ったりしていたらしいが、ジョシュアが生まれてからはあまり使われなくなりいつしか俺たちの遊び場となって、あれこれ持ち込み色々な本を読んで覚えた魔法や習った魔法を重ね掛けした結果今や俺とジョシュアしか入れない立派な秘密基地になっている。
二人でお小遣いを貯めて買ったソファベッドに、お気に入りのブランケットやクッション、小物、小さなテレビにたくさんのDVDと本。結構デカめのソファベッドを置いたせいでわりと狭いそこは、しかし俺とジョシュアには丁度良くて休みの日は一日そこにこもって映画を観たり音楽を聴いたり、えんえんとくだらない話を持ち寄ったお菓子を食べながら話したりして過ごしていた。

ソレをはじめて飲んだのも、そのトレーラーハウスの中である。
ミドルスクールに入学してすぐ、ハロウィンの準備に町が賑わい始めた頃、ジョシュアが小さな木箱を持ってきたのだ。年季の入ったその木箱はしっかりと錠前のついたもので小さい割に重たそうに見えた。
何が入っているのか聞けば、ジョシュアは俺の顔をじっと見た後にハウス内をぐるりと見回してから「絶対に誰にも言わない、内緒にするって約束して」と小さな声で言いポケットから取り出したピカピカと銀色に光る鍵で木箱を開けた。中に入っていたのは口をリボンで閉じられたベルベットの袋。ジョシュアはそれをそろそろとした手つきで取り出し、リボンを解いて中に入っているモノを取り出して見せた。直径十五センチくらいの大きめな瓶。その中には薄くオレンジの混じるミルク色の液体が半分ほど入っていて、一番目を引いたのは蓋にぶら下がるように付いた透明な丸い電球だった。電球の半分が液体に浸かってしまっている。

「なにこれ」
「これね……うーん……飲み物かなぁ」
「……電球浸かってっけど」
「うん」
「飲むの、これ。てか飲めんの?」

飲めるよ、と囁くような声で言ったジョシュアは瓶を俺たちの間に置くとベルベットの袋を木箱へ戻し、またぐるりと周りを見る。つられるように俺も周りを見るけど、別に何もない、いつもと変わらない光景だ。
ジョシュアはふうっと一度小さく息を吐いてから銀色の蓋に手を乗せた。それから目を閉じる。
ふわりとジョシュアを中心に小さな風が巻き起こり始めて、ぱちぱちと小さな光が辺りに弾けだした。

「あ、」

じわじわと滲むように、瓶の中で半分液体に浸かっていた電球が淡い桃色に光り出す。そして一番濃い桃色に輝いていたフィラメントがとろりと溶け落ちた。そのままどんどんとろとろ溶けていって、導入線もマウントも溶けていく。何かの魔法が掛けられているのは分かったけど、それが一体何なのか全然分からない。
電球の中が全て溶けて濃淡がマーブルを描く桃色一色になったところで、最後、ガラス球がほろほろと崩れ出し、桃色はミルク色の液体に混ざっていく。砂糖菓子が溶けていくようにほろほろ、ぱらぱら崩れ溶けて、蓋の裏側には口金だけが残った。
風が止み、辺りを散っていた光が消える。ジョシュアは目を開けて瓶を見つめてからにっこりと笑った。

「これで完成。あのね、これ、人に見られたらダメなんだ」
「俺はいいの?」
「エースはいいの。エースと飲むためにつくったから」

柔い笑みを口元にのせたまま、ジョシュアは瓶の蓋を取る。ふわん、とチェリージャムのような甘酸っぱい香りが一瞬漂い消えていった。
薄桃とオレンジが完全に混ざり切らずに漂うミルク色の液体。その中で小さな星が煌くようにきらきらしたものが瞬いている。

「ね、飲んでみて」

ごちゃごちゃと色んなものをいれた引き出しから取り出した太いストローを瓶に差し込んだジョシュアが、にっこり笑う。一瞬躊躇って、でもジョシュアが変なモンを飲ませてくるわけないって分かってるから口をつけて一口、飲み込んだ。

「うわっ、なにこれ!」

甘い。でもくどい甘さじゃない優しくて柔らかな甘さで、それにほんのりとした酸味があって、その奥になにか香ばしいものがある。じわ、と満ちる様な幸福感。なんだろうこれ、何の味か全然分からない。けれどすごくすごく美味しくてびっくりして俺はジョシュアを見た。
ジョシュアは俺の顔を見て、嬉しそうに笑う。

「これなに、なに入ってんの?なんかすげー美味いんだけどっ」
「ミルクと、蜂蜜と、チェリーのシロップと、切れた電球と、あとは魔法」
「電球ってホンモノ?」
「うん、エースん家でも使ってるような普通の電球。でも魔法かけた特別なやつだから、キラキラして美味しくなんの」
「ええ……?なんかよく分かんねぇんだけど」

ジョシュアはにこにこ嬉しそうに笑うだけでそれ以上何も言わない。これ作るの大変なんだ、時間かかるし、とだけ言ってもう一本ストローを瓶に差し込み自分もごくんと飲み込む。美味しい、と笑って、また来年作るから一緒に飲もうと内緒話をするように小さな声で囁いてくるのに、俺は笑いながら、でもしっかり黙って頷いた。誰かに聞かれたら失敗してしまうかもしれないから。


それから毎年、時期はばらばらだけどジョシュアはその不思議な瓶の飲み物を作ってくれた。毎回目の前で最後の工程を見るけれど、何がどうなってるんだかてんで分からない。電球の色もその時々で違う。青色に溶ける時もあれば黄色に溶ける時もあった。

「エース」

シャワーも浴びたしもう寝ようかな、と自分の寮部屋へ戻ろうとしていた時、背後からひっそりと声がかかった。

「なに?どしたの」

きょろりとジョシュアは辺りを見回してから俺に近寄り、内緒話をするように口元に片手を寄せて「電球、できた」と潜めた声で言う。
電球。あれだ。パッとジョシュアをみればピカピカの満面の笑み。

「すぐ?」
「いつでも。もう俺もシャワー浴びたからエースに合わせるけど」
「すぐ!」

オッケー、と笑ってジョシュアは俺の手を引き自身の寮部屋へと向かった。ジョシュアも俺と同じ四人部屋、けれどルームメイトが俺のとこより大人しくてオトナな奴ばかりだからか部屋の雰囲気は全然違う。なんとなくその空気は馴染みづらくて、だからいつもこの部屋に来るとさっさとジョシュアのベッドへ行って天蓋を下ろしてしまうのだ。
今日もさっさとベッドに上がって天蓋を下ろして、最近やっと慣れてきた防音魔法をかける。

「じゃあやるぞ」

すっかり見慣れた木箱から出てくるベルベット、そして大きな瓶。いつもと変わらない優しいミルク色と電球に知らず笑みが浮かんだ。
ふわ、と風が舞いちかちか星が散る。電球は寮の庭に咲く薔薇と同じ鮮やかな色に輝いた。ほろほろ溶けたそれがちかちかと瞬きながら混ざっていく。

「これ、想い出を溶かしてるんだ」
「え?」
「幸せだって感じたこととか、楽しかったなっていうことを思い浮かべて、それを伝えるように魔力を流す。そうしたら電球を通してそれがこの中に落ちて、混ざる」

濃くて美しい薔薇色が、きらきら輝きながらマーブル模様を描いている。

「電球には感情媒体の魔法をかけておく。ほら、前に本で見せただろ、触れたものに任意の感情を付与できるようにするやつ」
「ああ、あの古い本でしょ。覚えてるけど……」

なんで今頃、この作り方を教えてくるのだろう。何度か尋ねた時は内緒っていって教えてくれなかったのに。
お馴染みの太いストローを一本差し込んだジョシュアは、飲んでみて、と瓶を差し出してくる。
どうしてか受け取る手が震えてしまう。飲む前から、これがどんな味で、どんな感情をもたらすのか分かってしまった気がしたのだ。そろそろとストローの先を口に含んで、少し躊躇ってから吸い込む。
とろりと流れ込んできた液体は、今まで飲んだものの中で一番甘い。とびっきり甘くて、甘くて、泣いてしまいそうになるほど優しい。ぐうっと胸が苦しくなるほどの愛おしさとどうしようもないほどの幸福感。
ああ、こんなものを飲まされたら。
ごくんと嚥下して、それからもう一口吸い込み、瓶が倒れないよう少し遠くに置いて目の前で俺をじっと見るその顔を引き寄せた。何も塗っていない唇を割って、とろとろと流し込む。

「お前さぁ、これ、何思い浮かべたの……」

俺をじっと見ていた瞳がとろりと蕩ける。あの薔薇色に輝いた電球に似た鮮やかな熱。

「エースと恋人になって、はじめて唇にキスしたときのこと」

世の恋人たちのようなロマンチックな告白もなければ甘ったるさのかけらもないはじまり方をした俺たちだけど、それでもお互いへの愛だけは絶対に負けないと胸張って言えそうなくらいあって。その思いをぶつけるようにはじめて唇にキスをした日、ジョシュアがびっくりするほど可愛い顔で笑って、涙で潤んだ目がきらきら、あのミルク色の液体の中で輝く星みたいに瞬いていたのを覚えている。
ジョシュアは「あのとき、きっと今世界で一番幸せなのは俺だなって思ったんだ」とこの世で一番価値のある秘密を教えるみたいにひそめた声でそうっと言って照れたようにはにかんだ。
もうそれが信じられないほど愛おしく思えて、意味が分からないほど胸が熱くなってしまって、今にも叫び出してしまいそうで、強く目の前の体を抱き締めた。ぎゅうぎゅう、自分の中でぐるぐる渦巻くものをぶつけるみたいに。

「エース、次、お前が作ってよ、これ。それで俺にちょうだい」

ね、おねがい。ほろほろほどける砂糖菓子の声が耳朶をくすぐる。

「ちゃんと作り方、教えろよ」

お前がそれを飲ませてくるんなら、俺だって同じものを飲ませてやろう。
ただ薄い皮膚を触れ合わせているだけなのに、頭の中がぐずぐずに溶けて触れ合った場所から混じりあっていくようなあの感覚。こんなに幸せなことってきっとこの世にないなって感じた時の心臓の痛さも、苦しさも、どうにもできないほどの熱も全部全部溶かして、飲ませてやる。
でもまあそれはとりあえず、ジョシュアが作ってくれたとびきり甘い薔薇色の煌くミルク色を飲んでからの話だ。

ジョシュア、飲ませて」

熱い体を離して瓶を手繰り寄せ、少し汗の滲んだ手に持たせる。赤くなった頬ににやにや笑って、瓶をジョシュアの手ごと支えながら唇に太いストローを差し込んでやれば、へなりと眉を下げつつも吸い込んだ。
そっと身を寄せて、けれど零れないようにしっかりと唇を合わせて。ゆっくりと流れ込んでくる液体を僅かに触れる舌ごと味わう。焼けそうな程甘くて、けど泣いてしまいそうなほどに優しい味。世界中の幸福をあつめて煮詰めたみたいな味。
離れていったジョシュアの口元にまたストローを差し出す。

「……ジョシュア、ほら」
「まだすんの?」
「無くなるまですんの」
「……」
「イヤ?」
「イヤじゃない……」

照れを隠すようにむぅ、と突き出された唇はすっかり赤くなっている。また腫れてしまわないように、全部飲み切ったらリップクリームを塗ってやらないと、なんて考えながら、触れる柔らかな熱と流れ込んでくる甘い液体に目を閉じた。

伝えたいものはすべてこの心臓の中にある

2021.03.08 | 結構前に電球がお砂糖みたいにとけた瓶詰のなにかを飲む夢をみました。