エレメンタリースクールからずっと一緒にいた幼馴染で悪友で、デュース風にいえばマブであるジョシュアとの関係に、一週間前、“恋人”という肩書が追加された。
発端はひと月ほど前、監督生に「二人っていつから付き合ってるの?」と昼飯の最中に何てことないことみたいにさらっと聞かれたことだった。その時はいやそんなわけねぇじゃんと否定したけれど、それからどこで話を聞いたのか寮生やクラスメイト達にまでお前たち付き合ってなかったの、と聞かれる始末で、次第に『え、俺らって付き合ってたの?』と俺たちも思ってしまった。同じことを色んな連中に言われる混乱と錯覚で脳がバグってたとしか思えないのだが、三週間近くもそんなことが続けばきっと誰だってそうなる。
擦り込みに近いものを感じるが、俺とジョシュアは三週間かけて脳をバグらされ、自分たちの関係がよく分からなくなってしまった。
俺たちって何なの、とどこか迷子のような顔をして俺の寮部屋まできたジョシュアに俺までよく分からなくなって、じゃあ二人で少し考えようと提案したのは、完全に疲れ切っていたからだ。いつもの俺だったら幼馴染だろくらいで終わりなのに、その日は丁度うっかり大釜を爆発させた錬金術の補習もあって心身ともに草臥れていた。なにがどうなってんのかもうなんかよく分かんねぇから一緒に考えようぜ……そんな感じ。
俺もジョシュアも昔っからいつも一緒にいて、それが居心地良いし楽だから今の今までもずっと一緒に居た。小さい頃からの付き合いだから幼馴染だし、喧嘩しても結局一番遊んで楽しいはお互いだけで、親にも言えなかったことを互いに相談したり、どうしようもない悪巧みや悪戯なんかをして叱られるのも一緒で、だから友達というよりも親友や悪友というような存在で。
でもきっとこの世のなによりも誰よりもかけがえのない大切な存在だ、てお互いに言ったことは無いけどそう思ってると確信できる。
ていうとこまでお互いにぽつぽつ話をして、それで、あれ?て顔を見合わせた。もし、彼女が出来たらどうする?なんて質問に、揃って無理って答えたとこでもう結果はみえていた。
俺たち付き合ってないけど(実質)付き合ってた!バグったままの脳味噌で出した答えをそのまま二人揃って飲み込んで、なあんだじゃあ明日からそう答えとこ、てそのまま俺のベッドで眠って、起きて、少し冷静になってからちょっとごちゃごちゃ言い合いしてなんやかんやあって、俺とジョシュアの関係に“恋人”というものが追加されたのである。
それから一週間、まあびっくりするぐらい何も変わらない。
変わったことと言えば、キスする場所が増えたくらい。前までは頬や額ばかりだったけど、唇だったり首元だったり頭だったり、範囲が増えただけ。
それ以外は今までと全然変わらないけど、でもなんとなく、胸の内がじんわりと熱をもって満たされるようなそんな感覚はある。
「ただいま~」
「おー、なんだったの?」
「なんかリップくれた」
寮へ戻る前にクラスメイトのポムフィオーレのやつらに何やら呼び止められていたジョシュアが、小さな紙袋を手に部屋へ入ってくる。
ジョシュアがポムフィオーレのやつらに絡まれるのは入学してからままあることで、その中身は化粧をしろ、させてくれ、というのがほぼ十割だ。肌も白く、目鼻立ちのくっきりとした化粧映えのするであろう顔立ちのジョシュアは、何かっていうとポムフィオーレ寮生に声をかけられ目元をいじられたりパウダーをはたかれたりしていた。
俺のベッドへと乗り上げ隣に寝転がりながら、小さな紙袋を俺へ手渡してくる。中にはキャップ部分に花の模様が彫られた濃い青紫色をしたケースのリップが二本。
「何色?」
「まだ見てない」
見てないのかよ、と思いながら手に取ったもののキャップを外して見れば、ラズベリーのような濃く深い赤色が現れた。ああ、似合うだろうな、と思いながら閉めて、もう一本も開けてみればそちらは透明な薄ピンクの中にみっしりと青系統のグリッターが詰まっている。
なかなかいい趣味してるな。紙袋をくしゃりと丸めてゴミ箱に放り込む。
「なんかエースの好きそうなやつだな」
「そーね。ていうかなんで急にリップ?今まで化粧はされても道具渡されてなくない?」
「最近唇が荒れてきてるって」
「あー、乾燥する時期だしな」
「もらったやつ、なんかの花のエキスとかがたっぷり入った保湿もしっかりしてくれるやつらしいよ。塗っておきたまえだって」
「ふぅん……こっち向いて」
赤いリップの方を素直に俺の方を向いたジョシュアの唇に滑らせていく。いつものピンクベージュが鮮やかな赤へと変っていく様にそわりと背筋が震えた。
ほとんど天蓋を下ろしてしまったベッドの中の少ない光量でもしっとりとした艶を纏って輝くそこは、アメリカンチェリーに似た深い赤味をもっていてなんとも美味しそうに見える。
「似合う?」
「めちゃめちゃキスしたい」
「んはは、欲望丸出し」
色々な花の混ざった柔らかな薄い香りが、ジョシュアが喋る度にふわりと漂ってくる。ベッドの隣にある机にリップを放り投げて、天蓋を完全に下ろしてしまえばそこはもう二人だけの場所だ。枕横に埋もれるようにして置かれているジョシュアが持ち込んだ小さなランプが放つオレンジ色の光だけしか光源のないこの空間は、昔二人で作った秘密基地を思い出させて俺もジョシュアも気に入っていた。
オレンジに照らされた瞳がとろりとしている。つやつや輝く唇が緩やかなカーブを描いて、「エース」と俺の名前を呟く。
リップでしっとりとした唇の柔らかさは、この一週間でもうすっかり覚えてしまった。ジョシュアは優しく食まれるよりも、少し歯をたてたり吸い付く方が反応が良いことももう覚えてしまったし、俺の送り込んだ唾液を飲み下す時にとろとろに蕩けた顔をするちょっと変態っぽいところももう知っている。俺に伸し掛かられて、体重を掛けられると途端に体から力が抜けてふにゃふにゃになっちゃうのも、両手の指を絡め合って握ると嬉しそうに顔を緩めるのももちろん、知っているのだ。
「よれるけど、あんまり落ちねーなこれ、すげーね」
「ん、多分いいやつなんだろ……」
ぼうっと俺を見上げていたジョシュアが「エースもこの色、似合うな」と色の移った俺の唇に最高にいやらしい顔で笑う。
一週間、俺とジョシュアの態度も距離もほとんど変わりはない。けれど今まで見たことの無かった顔も、知らなかったところも、どんどん見つかっていく。お互い知らないところはないってくらい知っていた気になっていたけれど、きっとまだまだ知らないことはあってこの先もきっとそれは尽きることが無いのだ。それを少しずつお互いに見せ合って、分かち合って、知って覚えていくのは、きっと物凄く楽しくて幸せなことだろう。
なんて、クサくて恥ずかしいことは絶対に言わないけど、ジョシュアもそう思っているということももちろん、俺はもう知っているのだ。
たどり着いたあなたの心
2021.02.28 | エース・トラッポラのことはガチ恋製造機だと思っているので何のオチもヤマもない話しか書けない。