仕事で日本へ赴いていた大和が、大量の手土産を引っ提げて家へ帰ってきたのは今朝のことである。
彼が向こうで食べて美味しいと思ったお菓子や缶詰など食品に始まり、人気のレシピ本や、肌触りが気に入って買ってしまったらしいバスタオルなど、一通りのお土産紹介が終わる頃にはテーブル上はちょっとした山が出来上がっていた。
中でもアバッキオの目を引いたのはインスタントラーメン、と紹介された個包装になった麺である。ラーメン、とやらは聞いたことがあったものの食べたことは無かった。パスタとは違って縮れていて、スープを絡めて食べるらしい。

「あ、それ結構美味かったんだよ。昼に食べてみる?」

大和の言葉に頷きながらアバッキオはパッケージをひっくり返して見るが、日本語で書かれているらしくそこに何が書かれているのか分からなかった。どんな味なのか全く想像出来ないが、大和が美味しいと言っているのだからきっと自分も美味しいと感じるだろう。
そう思いながら、インスタント麺の袋を手にキッチンへ向かう大和の背を追いかけた。

「味が染みるから俺的にはこのスープの粉末入れた状態で麺茹でんのがすき」

ぼこぼこと沸騰した茶色いスープからは嗅いだことの無い不思議な匂いが漂ってきた。少し前に大和が作ってくれた『ウドン』なるものに似た色のスープなのに、匂いはもっと香ばしくて食欲をそそる。
かちかちに乾燥した黄色味が強いちぢれた麺がそのスープの中で少しずつ解れていくのを興味津々と言った目でじっと見つめるアバッキオに、大和はくふりと笑みを零した。

「よし、ちょっと固めだけどこれで出来上がり」

麺がスープを吸い、つやつやとし出したところで大和は火を止め、インスタント麺の袋と共にキッチンに持ち込んでいた大きな紙箱から何やら大きな器を取り出した。外側が赤く、中は白地に幾何学的な模様が縁に赤いインクで描かれている。
どこか和というかアジアを感じさせるそれを、大和は「これはラーメンどんぶりです」と説明した。なんでもラーメンを食べる時のための器らしい。ラーメンを振る舞う店によって模様や色は違うらしく、それがまた面白い、と言いながら大和は麺とスープを盛り付けていく。ふわん、と漂う香りにアバッキオは口元を緩めた。美味しそうな匂いだ。
どんぶりを運ぶ大和の背をフォークとスプーン、それから大和用の箸を手に追いかけて、二人揃ってテーブルにつく。

「……うまい」
「だろぉ~?」

そろそろとスープをひとくち飲み込んだアバッキオは少し驚いたように目を瞬かせる。その言葉に大和は満足げににんまりと笑った。

「日本ではさ、ラーメンもこのままずるずるーって啜って食うのがすげー美味くて」
「ウドンみたいに?」
「そう、うどんみたいに」

イタリアでは音を立てて食事をするのはマナー違反だ。下品だし、その音は不快なものとして聞こえる。それ故、以前大和が作った『ウドン』も今回のラーメンも、アバッキオは少しずつフォークに麺を巻き付けて音を立てずに食べていた。けれど器用に箸で掴んだ麺をずるずるっと啜る様は、なるほどなんだか妙に美味そうである。

「結構向こうは音立てて食うことが多くて、スープとかもずずーって啜ったり」
「へえ……」
「ま、こっちでは家以外じゃあしないけどな」

『ウドン』を食べた時は真似をしなかったけれど、この熱々の麺をずるずるっと豪快に食べ進めるその様はどうにも美味しそうで、真似してみたくなってくる。
うずうずしてきてしまい、アバッキオも少し彼の真似をしてみようとフォークで掬った麺をひとくち啜ってみるが慣れてないこともあって上手くいかない。もうちょっと口開けて、もう少し勢いよく、などちょこちょこと大和がアドバイスをくれるのだが、一向に麺は口に入って来ず上手く食べられない。
何故上手く啜れないのか、と頭上に疑問符をいっぱい浮かべるアバッキオが可愛らしくて、大和はつい笑ってしまった。笑うな、と眉を寄せ不機嫌そうな声で言ったアバッキオだが、すぐにあまりに楽し気に笑う彼につられその顔は綻ぶ。

「やっぱりレオーネと食う飯が一番美味いな」

最後のひとくちを飲み込み至極満足げな顔をする大和に、アバッキオもそうだな、と頷いた。
アンタと食べるものは何だって、どんなものだって俺にとってはご馳走になるんだぜ、なんてそんなこと口が裂けても言えないだろうけれど、アバッキオはいつだってそう思っている。彼の口よりも随分と雄弁な金の瞳は、それを証明するように幸せそうに煌いていた。

まる、さんかく、天国

2019.03.10 | フォークでちまちまラーメン食べるレオーネ・アバッキオくんは最高に可愛い。