つい数時間前まで散々舐めしゃぶられ食まれた唇はまだ少し腫れているのか、微かな違和感をアバッキオに抱かせた。熟れた甘い葡萄に似た色の口紅で唇を彩りながら、アバッキオはゆっくりとどこか陶然とした息を吐く。
十分に睡眠が取れなかったためかどことなく頭が重い。けれど心はこれ以上ないほどに満たされ、どこかふわふわと浮ついている。
というのも、昨日、ここのところ忙しそうにしていた恋人がやっとひと段落ついたといって一週間の休暇をもらってきたのだ。約一月ぶりにアバッキオは恋人と今朝がたまでたっぷりと愛し合い、ぴったりと隙間なくくっついて眠った。最近はいつもアバッキオが目覚める時にはもぬけの殻だった隣が、今朝は目が覚めても埋まったまま。それがどうしようもなく嬉しくて、つい鼻歌を歌ってしまうほど彼を上機嫌にさせる。
淹れたてのコーヒーを揃いのカップに注ぎ、ミルクの用意をしたところで背後から伸びた腕がアバッキオの体を抱き締めた。

「随分ゴキゲンだな、レオ」

ちゅ、と軽い音を立てて首筋に唇を押しつけてきたのは、今まさに起こしに行こうと思っていた恋人の大和であった。
大和はアバッキオにとって命よりも大事な恋人だ。アバッキオが彼に出会ったのはパッショーネに入ってまもなくのことで、まさしくそれは運命的な出会いであったとアバッキオは今でも心の底から思っている。忠誠はブチャラティに誓っているが、アバッキオが跪くのはこの男にのみだ。
ミルクポットをトレーの上に置いたアバッキオは、振り返ると己が恋人をぎゅうっと抱き締めた。

「ん、いい匂いだな……淹れてくれたの?」
「あんたの好きな『アウローラ』で買った豆だぜ」
「わざわざ買ってきてくれたのか?ありがとう、レオーネ」

甘やかな吐息と共に呼ばれた名前が耳朶をくすぐる。彼に名前を呼ばれるといつもくらくらして、力が抜けていく気がした。大和の声はまるで麻薬だ。彼に愛おしそうに呼ばれる度に自分の名前は彼に呼ばれるためにあるのだと思ってしまう。
アバッキオの煙るような睫毛がふるりと震え、伏せられた。そのままくったりと甘えるように大和の肩口に頭を摺り寄せ、もう一度自分よりも幾分か細い身体を強く抱き締めた。

「何時に出るんだ?」
「……これ、飲んだら」

ゆっくりと髪を梳くあたたかい指の感触に、ずぶずぶと沈んでいく心地がする。このまま今日はずっとくっついていたい。けれどブチャラティから召集がかかっているから、出て行かなければいけない。

大和、今日はあんたが作ったルッコラのサラダが食いたい」
「いいよ、お前あれ大好きだもんな。ラザーニェも作っとくか?」
「マルゲリータがいい」
「わかったよ、レオの好物揃えとく」

とんとん、と背を叩かれ顔を上げると穏やかに微笑む恋人の顔が目の前にある。ゆっくりと頬を撫でられそれにうっとりと目を細めれば、少しだけ背伸びした彼が唇を食んできた。擦り合わせて、食んで、吸って、それからゆっくりと舌を差し入れ、アバッキオの瞳が水気を帯びる頃、ようやく唇は離れていく。

「リップ、塗り直さなきゃな」

そう言って獣じみた目を細め、雄臭い笑みを見せた大和の唇にはアバッキオの鮮やかな紫が移っている。
ああ、なんだって今日に限って呼び出しなんてかかっているのだろう。もう一度引き寄せられるように唇を重ねながら、アバッキオは心の奥でブチャラティを恨んだ。

あまい淡い発火

2019.02.17 | 甘えてくるレオーネ・アバッキオくん(21歳)最高に可愛いと思う。