約束はやさしく碌でもない
▼ 平和島静雄 / drrr
仕事帰り、道路の向こう側で折原臨也と何かを話している水緒に血管が切れそうになる。何度も何度も「あいつには関わるな」と言っていたのになんで言うこと聞かないんだ。
ふつふつと血が沸いてじりじりと脳の回路が焼き切れていく。トムさんに別れを告げて道路を渡り真っ直ぐ水緒へ近付けば、真っ先に気付いたのはクソノミ蟲だった。ひくりと口元を引き攣らせ、
「じゃ、またね水緒ちゃん」
と黒いコートを翻し消え去るその背に舌打ちをぶつけ、水緒を見下ろす。
下がった眉と怯えを孕んだ眼差しにどんどん苛立ちが募って視界がじわじわと狭まっていく。ノミ蟲にはへらへら笑いかけるくせに、俺には怯えるのか。
水緒を抱き上げ足早に自宅へ戻り、半ば投げるようにソファへ下ろした。
「何で怒ってるかわかるか?わかるよな?」
俺が怒るってわかっていたはずだ。
ばちん、と柔い頬を打てば軽いその体はソファから転がり落ちる。こいつに限るが俺も随分と手加減が出来るようになったものだ。床に伏せて痛みに泣く水緒の胸倉を掴み無理矢理起こしてもう一度頬を打つ。
「なあ、お前何回言えば分かるんだ?」
「あ、ごめ、なさ」
ごめんなさいは聞き飽きたし、そう言えば何でも許すと思っているのだろうか。どうせまた全部忘れてノミ蟲と喋るくせに、ああ腹立たしい!
いっそのこと閉じ込めてしまおうか、それならもうこんなに苛立つことも水緒を怒る必要もなくなる。そのほうがいいのかもしれない、水緒の為にも、俺の為にも。
ほろほろと涙を落とす水緒の傍にしゃがみ込み垂れた血を拭って頬を撫でると、水緒はもう一度ごめんなさいと酷く震えた声で言った。
「俺は暴力が嫌いだ」
知っているはずだ、いつも言ってるんだから。小さく身を縮めて泣く水緒を抱き上げて寝室へ向かう。
ずっと、一生この部屋にだけ居てくれればこいつに大嫌いな暴力を振るわなくて済むはずだ。水緒だって痛いのは嫌だろうし、俺の為にも、ここに居させるのがいい。
「もうここから出るな」
ぽろりと落ちた涙を掬って優しく頬を撫でれば、水緒は泣きながらちいさく頷いた。
ああこれでやっと、俺は水緒をちゃんと愛せるだろう。
rewrite:2022.02.20