「おはよう」
「うん、はよ」
「……眠れなかったのか。顔色が悪いな」
「変な夢みて眠れなくなった」
「保健室行くか?」
「ん~……一人で寝たくないから行かない」
「無理はしないように」
「ん、ありがと」
「ああ。昼は教室まで迎えに行く」
「ありがと~、待ってる」

「少し顔色は良くなったな」
「ん、数学が半分テストだったから寝てた」
「昼は?」
「釜玉うどん食べる。征十郎は?」
「日替わり和食定食にしようかな」
「うん」
「……大和、俺が運ぶから先に座っていろ」
「ん……ありがと」

「夜中に森の中を走ってるんだ」
「うん」
「その森の奥の方にある神社か祭殿に行かなきゃいけなくて、辿り着くには正しい道を進まなきゃいけない」
「うん」
「間違えた道を行くともう絶対に辿り着けないし、来た道を戻ろうとしたら落ちる」
「落ちる?」
「うん。どっかの底に落ちるんだ」
「……」
「俺は当然そんな森の中に入るのは初めてなんだけど迷わず走ってる」
「うん」
「時々木の隙間から月明りが差し込んで、その明かりで金色に光る細い糸のようなものが見えるんだけど、それが張ってあるところは通っちゃいけないとこだって俺は知ってて」
「うん」
「だから張られていない場所を走って行くだけなんだけど、多分それは他の人には見えてない」
「……」
「いつの間にかあちこちに人影みたいなのが立ってて、口々にその道は駄目だとか、こっちの道が正しいとか言ってくる。その声が正しい時もあれば違うときもあって、だから俺は糸だけを見て走ってた」
「……うん」
「それで、暗がりの向こうに鳥居が見えてきて」
「うん」
「やっと着いたって思ってたんだけど、その鳥居をくぐるときに、俺、なんか蹴っ飛ばしたんだ」
「うん?」
「ビックリして、そのまま立ち止まって見たら鳥居の手前に三か所、盛り塩みたいに土が円錐形に盛られてた。鳥居の両端っていうか、左右の柱の手前と、鳥居の丁度真ん中の三か所」
「……」
「その真ん中のを俺が蹴飛ばして壊した」
「……」
「土を盛り直した方がいいのか迷ってたら、鳥居の向こうに誰かが立ってて……、……」
「……大和?」
「多分……結界みたいなもんだったんだ」
「その、土が?」
「うん。そいつを鳥居の向こうに閉じ込めておくための。……前、初詣行ったときに征十郎、鳥居は結界だとか境界だとかの意味があるって言ってただろ」
「ああ……」
「そいつがそこから出られないように鳥居があって、万が一鳥居を過ぎてもその向こうに行けないように盛ってあった」
「……」
「でも俺が壊したから、全部駄目になった」
「……大和、夢の話だ。それにその土は謂わば保険みたいなものだったんだろう、鳥居があるからその向こうにいたものは出て来ない」
「出てくるよ」
「え?」
「出てくる。あの鳥居はもう鳥居の意味を成していないから」
「どういう……」
「そいつに腕を掴まれて目が覚めたんだ」
「……うん」
「そいつさぁ」
「うん?」
「俺と同じ顔してた」
「え」
「閉じ込められてたの、俺だったんだ」

幕開け

2023.07.15