※高校卒業後くらいの時間軸、同棲してる


何もかもがうまくいかなくて、何もかもが思い描いていた方とは違う方向へ進んでしまっていたあの頃。
あの頃の俺にとって大和の腕の中というのは、謂わばある種の要塞のようなものであった。外部のあらゆるものからこの身を守ってくれる、うっとりするほどあたたかくて安心していられる場所だったのだ。少し苦しくらいの力で、俺がゆっくりと息を吐けるまで大和はずっと抱き締めてくれていた。
そういった弱さを外部へもらすことを唾棄していた“僕”でさえ、大和にそっと手を引かれればその腕の中へ黙って閉じ込められていたのを俺は知っている。

「ほら、こっち座って。おいで征十郎」

それは少しだけ大人になった今も変わらない。それどころか、以前よりももっとずっと、そこには色々な意味が詰まっているように感じる。
それは俺と彼の距離の変化が多大に関わっているのだろう。

「お疲れ様、征十郎」
「……うん」
「なんとかなった?」
「なんとかした」
「あはは、流石征十郎」

あたたかい腕が背中に回って何もかもを抱き締めてくれる。まだ少し湿った髪や首筋から香る淡い石鹸の匂いと彼自身の匂いを感じながら目を閉じれば、体からとろとろと力が抜けていった。
そのままぴったりとくっついたままごろりとベッドの上に横になる。

「……この前黒子に、君でもバブみを感じてオギャることってあるんですねって言われた」
「なんて?」
「黒子的には大和が俺に甘えることはあっても俺が甘えるようなことはないと思ってたらしくて」
「あ、続けんの」
「俺は好きな子の前では永遠に格好付けてる男だろうと言われた」
「まあでも格好付けるよな結構」
「格好良いと思われたいだろ」
「はぁ~~かわいい……もう大好き」

ぎゅっと俺を抱き締めていた腕に力が入って、額に柔らかな唇が何度も触れる。

「ていうか黒子とそんな話すんの?」
「流れで……」
「流れ」
「『君と工藤君はタイプが全然違うように見えますけどどうやって仲良くなったんですか』って聞かれて、まあ馴れ初めのようなものを教えた流れで」
「うん」
「最終的にどこが好きなのかという話になり」
「ほお」
「その中のひとつに俺を甘やかしてくれるところと答えて、問われるがまま詳細を話した結果の発言」
「は~ん……なんか黒子の口からネットでしか見ないような文言が出てくんの違和感あるな」
「そうか?」
「うん。黄瀬のほうがそういうこと言いそう」
「黄瀬にはこういう話は絶対にしない」
「んはは」

伝わってくる体温と鼓動が体を芯から柔らかくしていく感覚にゆっくりと息を吐くと、背に回っていた手が寝かしつけるように頭を撫でてくる。
心地よい微温湯のような眠りへと導かれながら、俺はきっともう大和から離れられないだろうと思った。だって、こんな風にずぶずぶに甘やかされることの心地よさを知ってしまえばもう、手放すことなんてできないだろう。

「おやすみ、征十郎」

もう一度額に唇が触れる。
おやすみ、と返した俺の声はもうほとんど聞き取れないものだったが大和にはちゃんと聞こえたのだろう、眠りに落ちる間際、彼の小さく笑う声が聞こえたから。

甘える話

2023.08.26