「神社生まれの俺はなんであんなとこに閉じ込められてんのかな」
「閉じ込めておかなければならないようなことになったからじゃないのか」
「……夢ん中で俺ってどうやって征十郎のこと助けてたの」
「どう……」

「お待たせいたしました、特製冷麺並盛でございます」

「こっちです」
「そちらに調味料がございますのでお好みでお使いください」
「ありがとうございます」
「よいしょ……こちらが特製冷麺特盛と追加トッピングのチャーシューとキムチでございます」
「はーい」
「うわ……」
「ご注文の品はお揃いでしょうか」
「はい」
「ではごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございまーす」

「ほんとに凄い量だな」
「特盛だから。征十郎もチャーシュー追加する?」
「いや、乗ってるので十分です」
「はい。キムチは?」
「大丈夫です」
「はい」
「いただきます。……ん、美味しい」
「だろ。他のもめちゃめちゃ美味しいって言ってた。いただきまーす」
「……」
「……」
「……美味くて無言で食べちゃう」
「うん」
「さっきの続き話して」
「うん」
「……」
「……」
「征十郎?」
「……食べ終わってからでもいいか」
「あはは!いいよ~」

「美味しかった……」
「気にいったみたいで良かった」
「絶対にまた来る」
「んふふ、次は別の食おーな」
「そうする。……えーと、大和がどうしてたかだけど」
「うん」
「どうにかしてる場面を俺は見てないから正確には分からない」
「そなの?なんかこう、破ァ!てしてる感じでもない?」
「全然そんな感じじゃない、と思う。場面は見てなくて音とか、あとは場の雰囲気だけなんだが、なんというか……」
「……」
「……食べてる……?」
「あ?」
「そうだ、あれは明らかに咀嚼音だった。夢の中では気付かなかった……いや、考えなかったけどあれは咀嚼しているような音だった」
「……」
「音自体を聞いたのは一度だけだったけど、夢が覚める直前に見た退治の場面では、大和から何かが出てきて大きく口を開けたような気がした」
「……奥にいたやつかな」
「そうかもしれない。あの“大和”の中には何かがいた。それがそういう霊的なものを飲み込んでいたように思う」
「よくあるよな、漫画とかでさ……どんどん飲み込んで力にしていくようなの」
「……」
「神社生まれの俺って人間じゃないのかな」
「……同じ人間だと思えない時はあった」
「あの村の男は何か知ってると思う?」
「知っていそうではあったな」
「……まあでもこれって夢だから。全部夢。そうだろ」
「……ああ」


* * *


これは全て夢の中の出来事だ。
くったりと左肩に凭れ眠っている大和の手を強く握りしめ、赤司はそう自身に言い聞かせる。もう何度目になるか分からないが、そう言い聞かせ続けていなければ“現実”に戻れないような気がするのだ。

大和と二人、森の中で“気が付いた”時にまたあの夢を見ているのだとすぐに分かった。けれどそのすぐ後、大きなサイレンのような音と共に地面が大きく揺れ、そうしてまた気が付けば二人は廃屋のような場所に横たわっていたのである。
放置されてから一体どれだけ経つのか、廃屋内はそこそこに荒れていた。畳は塵や埃でざらつき窓も罅が入っていたり割れていたりするものもある。しかし倒壊しそうな気配はないため二人は状況が分かるまで留まることとした。
そうして辺りを窺うこと数分、分かったのは窓の外はゾンビのようなものがうろついているということと、ここが全く知らぬ土地であるということである。ゾンビのようなものの目を掻い潜りここを出てどこかに向かうか、それとも夢が覚めるまでもうずっとここにいるか。
それを話し合っている内に、降りしきる雨の音に眠気を誘われたのか大和は眠ってしまった。
現実では季節は八月、夏も盛りだった。夢の中も同じ月かは分からないが気温的には季節は同じ夏なのだろう、握り合った手のひらは触れ合っている場所がじっとりと汗をかいている。それでも離れようとはとても思えなかった。
ここで、今のこの夢の中でこの手を離してしまえばもう二度と大和は現実に帰ってこない。そんな予感がするのだ。
大和の穏やかな寝息を聞きながら、ぼんやりと赤司は先月大和に話した夢のことを思い出していた。
大和であって大和ではない人の夢。あの夢の中の大和はどんなものも片付けてしまっていた。幽霊も、鬼も、人の記憶さえもどうにかして。彼が今この場にいたらどうなっていただろう。きっと、こんな風にゆっくりとはしていないだろう。
俺のに手出すなんて良い度胸してんじゃん、そんなことを言ってそのへんの異形などすぐ飲み込んでしまう。そうして何もかも滅茶苦茶にして、何がどうなっているのか尋ねる自分へ向かってただ「帰るぞ」って言うのだ。何も無かったとでもいうような顔で。

「……っあああ!」

突然すぐ隣から聞こえた怯えた悲鳴に赤司はびくりと体を震わせ、それからすぐに大和を見た。
何か恐ろしい夢でも見たのか、大和の顔は真っ青で心底怯えた目をしている。

大和、大丈夫か」
「せ、征十郎、俺、なんか、」
「落ち着け、何か見たのか?」
「わか、わかんない、分かんないけど何かが俺の中に入った気がして」

何か黒々とした気味の悪いものが潜む、悍ましい悪夢のような目。そんなはずはないのに、噎せ返る様な血の臭いと吐き気のする甘い腐敗臭を感じる。

「入ってないと思うけど、でもすぐそこにいたんだ、目の前で、」
大和、夢だ」

大和の言葉を遮るように赤司は言った。

「ここは夢の中だし、大和が今見たものも全て夢だ」
「……でも、」
「夢の中で何が起きようが現実には関係ない」

それは大和へだけではなく、自身にも言い聞かせるようであった。
これは夢で、だからここで何が起きようとも現実にいる自分たちには何も関係がない。ここで何か、何かとても恐ろしい目に遭ったとしても、それは夢の話。とびっきりの悪夢を見たというだけ。

「そうだろう、大和
「……うん」

たとえ覚める気配が微塵もなくとも、これは夢だ。


* * *


『お前、もう飲み込まれてるぞ』

耳朶に甘く唇を触れさせ、それからそうっと吹き込むようなその声に赤司はハッと目を開けた。
それから薄暗く埃っぽい室内と体の左側にしっとりと感じる熱、じっとりと汗ばんでいるけれどしっかりと繋いだままの手にゆっくりと息を吐く。悪夢を見て飛び起きた大和を宥めた後、いつの間にかうたた寝をしていたようだ。
赤司は気持ちを落ち着かせるように数度深呼吸してから大和を見た。
大和は部屋の奥にある窓の向こうをじっと見つめている。

大和
「ん、あ、起きた?おはよ」
「おはよう。何かあったか」
「え?」
「窓」
「ああ……なんか明るくなった気がするなって見てただけ」
「本当だ。時計がないから何とも言えないが朝っぽい感じはするな」
「うん。でも雨降ってるからやっぱ薄暗い」
「……出てみるか?」
「こっから?」
「ああ」
「うーん……まあずっとここにいてもなんか目ェ覚めそうな感じしねーからな」

勢いよく立ち上がった大和に引っ張られるように赤司も立ち上がった。

「とりあえずゾンビ避けてかないと……やっぱ目悪いんかなぁ、音立てなければ行けると思う?」
「どうだろうな……万が一を考えてなるべく隠れながら行った方が良いんじゃないか」
「まあ俺たち丸腰だもんな」
「ああ。最悪の場合は走って逃げるぞ」
「オッケー」

建付けの悪い引き戸をなんとか成る丈静かに開けた大和がそっと外を覗く。じっと耳を澄ませて外を徘徊している者たちの動きを探る様子を見つめながら、赤司は“声”のことを考えていた。
目覚める直前に聞いた声、飲み込まれるといった声は大和のものによく似ていた。

大和

俺が目を覚ます前に何か言ったか、そう問おうとしたとき、再びサイレンの音が鳴り響いた。

ゾンビと廃屋と夢の中の夢

2023.08.06 | 異界入りに間に会いませんでしたけどSIREN二十年目の異界入りおめでとう~!発売二十周年までにはSIREN編は終わる予定です……。