恐ろしい出来事を体験した翌日の昼休み、赤司征十郎は黒子テツヤと黄瀬涼太、そして紫原敦に昨晩の事の次第を話した。緑間と青峰は聞きたくない、と言ってどこぞへと行ってしまったので、本日は四人でテーブルを囲んでいる。
「それで、一緒に寝ちゃったんスか?無防備過ぎない……?や、やっぱりクッション買っといたほうが良かったっスか?」
「なんでお前はすぐそういう方向に持っていくんだ」
「だって赤司っち、いつの間にか名前呼びしてるし……あの人の赤司っち見る眼、完全に狙った獲物見るそれだったし……」
「名前は、大和が名前で呼べって言ったからだし、別に何もないに決まってるだろう、やめてくれ……」
「え~じゃあ俺もマトちんって呼ぼ。あだなの方が怖さ半減していいよね」
「じゃ俺も親しみを込めてマトっちって呼ぼう、あ、待って、許可取んなくていいんスかね?破ァってやられない?」
「それで消滅したら君は悪霊ということになりますね。って、そんなことはどうでもいいんですよ。それより赤司君、本当にもう何ともないんですよね」
「え、ああ、まあ。なんだ?」
「……いえ、ただ、妙だなと思って」
「妙?」
「工藤君、来てくれたんですよね?夜中の三時か四時か、それくらいに」
「ああ」
「どうやって家に入ってきたんですか」
「……」
「おかしくないですか?赤司君の話だと、ドアの外で幽霊的な某かが大暴れしてるときに彼は来たんですよね。幽霊の声が赤司君にしか聞こえない物だとすると君の家の人たちが起きてこないのは分かります。君以外からしたら、いつもの静かな夜と変わりが無いですから」
「あ~、マトちんの声で誰も起きてこないって確かに変だよね。ドア開ける時もすげー勢いで開けたんでしょ?普通誰か起きてくるよね」
「そうですね、それで起きてこなくても、彼を家にいれた人間が物音に驚いてどうしたんだ、と来てもおかしくないです」
「え、ていうかさ、もしマトっちのことを誰かが家にいれたとしてっスよ?そもそも家にいれる?そんな深夜に来る人間を簡単にいれなくないっスか?家族とかならまだしも、赤の他人だし」
「逆に子供だから保護的な」
「それだとしたら猶更、自分の監視下に置きますよ、警察か保護者が来るまで。家の中を動き回らせないでしょう。隙をついて工藤君が赤司君の部屋まで行ったとして、そこにその人が来ないのは絶対にあり得ないですよね」
「……」
「赤ちんの顔が死んでる」
「俺はそのことを、今ここでお前たちに聞かれるまで疑問に思っていなかった」
「……それって、ちょっと変っていうかヤバい感じしないっスか」
「赤司君、彼を君に紹介したのは僕です。彼が、君を助けてくれると思って紹介しました」
「……ああ」
「寺生まれのTさんと僕は彼を表現しましたが、それは違うかもしれないと今、僕は少し感じています。彼はそんなに『良いモノ』ではない気がするんです。実際彼は前回も今回も君を救ってくれました。けど、不可解な点が多すぎませんか?彼の発言がいちいち意味深な空気を醸し出してるだけならいいんです。意味ありげなことを適当に言って、君を振り回してニヤニヤしてるだけだというのなら。でも、そうじゃないのではないか僕は思うんです」
「……」
赤司は一晩、震える己を抱き締めて共に眠ってくれた大和の体温を思い出していた。誰かと同じベッドで眠るのは、随分昔、まだ小学校に上がる前、怖い夢をみて怯えていた自分を母が抱き締めて眠ってくれた日以来だ。
あたたかくて、とても安心した。もう怖いことは無いんだと思えた。でもそれは、本当は違うのだろうか。
「最終的に決めるのは赤司君ですが、僕たちは君の味方です。何かあればすぐに言ってください」
「話聞くだけしか出来ないかもしんないけどね」
「いや……十分だ、ありがとう」
赤司は、自分が今大和に対して、どういう感情を抱いているのか分からない。恐ろしいと思うし、苦手だとも思う。けれど同時に共にいれば安心感があって落ち着くような感じもあるのだ。
どちらか片方だけなら赤司も対応できた。けれどどちらも同じだけ、波のように交互に襲ってきて、赤司は成す術もなく飲み込まれていくだけでどうすることも、どうすればいいのかも分からない。
昼休みの終了を告げる鐘の音に、赤司たちは重い腰を上げのろのろと食堂を後にする。黒子は物言いたげな顔で隣を歩く、自らの思考の海に沈む赤司の横顔を見た。
* * *
「黄瀬ちん、俺さぁ、さっきの赤ちんの話聞いてて思ったんだけど」
前を歩く赤司と黒子の背中をぼんやりとみていた黄瀬に、紫原がひっそりと声をかけた。
「なんスか?」
「マトちんのネクタイ、マトちん以外誰も這入って来れなくなるやつだって言ってたじゃん」
「ああ、結界みたいなのだと思うって赤司っちが言ってたやつ?」
「うん、それ。それ聞いたときにさ、なんか……注連縄みたいって思ったんだよね」
「注連縄?神社とかの?」
「うん……結界って聞いたからかなって思うんだけど、なんか、なんかさぁ……その結界って、ほんとに赤司っちのこと、守るためのもんだったのかな」
「……」
「なんか、マトちんだけはいれる結界って、これは俺のモノだっていってるみたいだなって思って」
「……誰に?」
「分かんないけど……幽霊とか?」
「手出しするな的な?やっぱクッション事案じゃないっスか……」
「そういうのだといーよね」
「えっ、どういうこと?そこはかとなく怖いこと言わないでくんないっスか?」
「そこはかとなくってよく知ってたね、黄瀬ちん」
「めちゃくちゃ馬鹿にされてる」
「この話、赤ちんにはしないでね。なんか可哀想だから」
「しないっスけど、なんで俺にしたんスか……」
「峰ちんもミドちんもこの話聞いてないし、黒ちんはもっと怖いこと言ってきそうだなって思って」
「ああ……黒子っちのあのオカルト考察なんなんスかね。大体掲示板知識とか言ってたけど」
はあ、と二人は揃って溜息をついた。
なまぬるい熱は気味が悪い
2020.05.13