赤司の七七日忌の法要があった日の夜、工藤が死んだ。
発見したのは工藤の同僚だという男だった。時間になっても会社にも来ず電話にも出ない工藤を心配して家を訪ね、発見したのだそうだ。鍵が開いていたことから一時は殺人かとも言われていたが、争った形跡もなく死因も司法解剖の結果心臓発作だということで、事件性なしとして片付いてしまった。
発見時、工藤はベッドの中にいたらしい。眠っているように見えた、と先ほど式場で同僚の男は話してくれた。死に顔を見た俺たちも確かにそう思った。そう思えるほど安らかで、どこか幸せそうな顔をしていたのだ。
式を終え帰ろうという時に、黄瀬は言った。
「俺、二週間くらい前、青峰っちと飲みに行く途中で仕事帰りのマトっちに会ったんスよ」
皆が足を止めた。
俯いたその顔にどんな表情を浮かべているのか、俺からは見えない。ただ淡々としたあまり温度を感じさせない声で黄瀬は続ける。
「そん時さぁ、マトっちから香水の、赤司っちの香水の匂いがしたんスよね」
は、と誰かが息を飲んだ音がする。
「今日何か香水つけてんのって聞いてたら、何もつけてないって言われて」
「気のせい、とかではなく?」
「絶対気のせいじゃない。だってあの香水、俺も一緒に選んだやつだったから。赤司っちの誕生日にマトっちがプレゼントしたやつで、マトっちに一緒に選んでくれって言われて選んだんやつなんスよ。初めてマトっちにお願いされたことだから、忘れない」
絶対に間違えない、と言う黄瀬にふと学生の頃を思い出した。
中学生の頃から、黄瀬は工藤のことが好きだった。黒子や桃井ではなく、俺に相談をしてきた時はとても困惑したものだ。
何故俺にするのか尋ねると『緑間っちなら聞き流してくれるでしょ』とへらへら返され、その言葉通り黄瀬はただ行き場のない感情を誰かに聞いてほしいだけのようだった。居残りでシュート練習をする俺の後ろでその日の工藤の様子やらやり取りやらを延々話され、なんとなく、小さな子供を持った母のような気持ちにさせられたのを覚えている。
高校でそれぞれ進学先が別れてからも時たま電話やメッセージで話をされていたが、赤司と工藤が付き合いだしてからはめっきりそんな話を聞かなくなっていた。諦めがついたか折り合いでもつけたのだろうと思っていたけれど、もしかするとただ話をしなくなっただけなのかも知れない。
工藤が死んだと知らされてからの黄瀬の落ち込み方が、親しい友人を亡くしただけはないと思わせるほどだったから。
また泣き出してしまった黄瀬の背を撫でる黒子を眺めがら、青峰がそういえば、と零した。
「こいつが工藤のこと飲みに誘った時によ、あいつ、早く帰んないとって言ってただろ」
「ああ、言ってましたね」
「そん時の顔が、なんつーか、すげー幸せそうっていうか、」
「赤司がいた時みたいな顔してたんだよな」
しん、と一気に場が静まり返る。
一瞬、何か冗談かと思った。だがその顔は冗談を言っている類のものではないし、なによりこの男はそんな冗談をこんな場で言うような人間ではない。
まさか。ふと浮かんだ考えはあまりに馬鹿馬鹿しく、到底信じられないものだ。けれどどうしてか妙に納得出来てしまうような、笑えない重さを纏っている。
沈黙に固まった空気の中で黒子は言った。
「死者は、四十九日までこの世界に留まるといいます」
いつものあの、何を考えているのかまるで見えない無表情が少しだけ歪んでいる。
「四十九日まで、死者はこの世とあの世を行き来することが出来るのですって。ですが、五十日目からはもう、そうはいかなくなる」
工藤が死んだのは、赤司の四十九日だった。四十九日の晩だった。
「もしかすると、連れていってしまったのかも知れませんね」
誰も何も言わなかった。一様に口を閉ざし、目を伏せている。
皆、思っているのだ。もしかしたら本当に、そうなのかもしれないと。
工藤は穏やかな、まるで眠っているかのような顔をしていた。あの時とは、赤司がこの世からいなくなった時とは違う、何も受け入れずただ何もかも拒むような凍り付いた顔とは全く、正反対の顔をしていた。
死んだように生きるよりは、良いのかも知れない。
あの二人は離れ離れになってしまってはいけないのだろう。過去に一度、彼らは道を別けた時があったが、随分と酷いものだった。きっと、彼らは彼らでしか幸せになれないのだ。お互いでしか満たし合えない関係なのだろう。
「マトっち、しあわせかなぁ」
ぐずぐずに濡れて崩れた声で黄瀬は言った。
「それは誰にも分かりません。でも、もう苦しくはないでしょうね」
羽ばたきの影を踏む
rewrite:2022.04.12 | 全編加筆修正、これにて「永遠」完結となります。