ふと落ちてきた声に神父は振り返る。いつの間に入ってきたのか、そこには一人の男が佇んでいた。水を湛えたように透き通った瞳はしかしどこか暗く澱み翳を帯びている。息を飲んだ神父に男は話を聞いてほしいと願い、神父はその男を懺悔室へと連れていった。そうして幾許かの沈黙の後、ゆっくりと声が聞こえ始める。「とても好きな人がいるんです。その人の為ならば命を捨てしまっても構わないと思えるほど、何を犠牲にしても良いと思えてしまうほど大切な人がいるんです。彼は男でしたが、そんなことどうでも良いくらい僕は彼が好きでした。目が合うだけで嬉しくて、少し話すだけでもとても幸せで、彼が笑うとこのまま死んでしまっても良いと思えるくらい嬉しくて幸せになれました。最初はそれだけで良かったんです。目が合って、挨拶して、少しだけお喋りをして……彼と少しでも繋がりを持てているというだけで、それだけでもう良かった。けどその内、それだけじゃあ満足出来なくなってしまったんです。もっともっとって、どんどん欲張りになる。目が合うだけじゃ駄目なんです。挨拶だけでも、話すだけでも駄目なんだ。僕だけを見ていてほしくて、僕のことだけを考えていてほしくて、僕以外の人間と話してなんかほしくなくて……はじめは小さかったそれも、いつの間にかすごく大きく強くなっていて、もうどうしようもないくらいになっていました。彼が僕以外の人間と話しているのを見る度に不愉快な気分になって、笑い合っている度にどうしようもなく苛立つ。僕には彼しかいないのに彼は僕だけじゃない、僕の全ては彼なのに、僕は彼の全てにはなれないんです。そう思うとどうしようもなく悲しくて、腹立たしくなるんです。殺意すら芽生えてしまうくらいに。僕は彼の全てになりたかったんです。おかしな話ですよね、こんなに好きで大切で、ずっと一緒にいたいと思っているくせに、殺してしまいたいと思っているんですよ?僕以外を見るくらいならいっそこの手で殺してしまおうか、なんて」
rewrite:2022.03.05