Cemetery

※主人公:チャーミングな何様俺様天才(自称)様な人外説のある男(諸説あり)

やさしいわたしで終わりたい

▼ 黒子テツヤ

ふと落ちてきた声に神父は振り返る。いつの間に入ってきたのか、そこには一人の男が佇んでいた。水を湛えたように透き通った瞳はしかしどこか暗く澱み翳を帯びている。息を飲んだ神父に男は話を聞いてほしいと願い、神父はその男を懺悔室へと連れていった。そうして幾許かの沈黙の後、ゆっくりと声が聞こえ始める。「とても好きな人がいるんです。その人の為ならば命を捨てしまっても構わないと思えるほど、何を犠牲にしても良いと思えてしまうほど大切な人がいるんです。彼は男でしたが、そんなことどうでも良いくらい僕は彼が好きでした。目が合うだけで嬉しくて、少し話すだけでもとても幸せで、彼が笑うとこのまま死んでしまっても良いと思えるくらい嬉しくて幸せになれました。最初はそれだけで良かったんです。目が合って、挨拶して、少しだけお喋りをして……彼と少しでも繋がりを持てているというだけで、それだけでもう良かった。けどその内、それだけじゃあ満足出来なくなってしまったんです。もっともっとって、どんどん欲張りになる。目が合うだけじゃ駄目なんです。挨拶だけでも、話すだけでも駄目なんだ。僕だけを見ていてほしくて、僕のことだけを考えていてほしくて、僕以外の人間と話してなんかほしくなくて……はじめは小さかったそれも、いつの間にかすごく大きく強くなっていて、もうどうしようもないくらいになっていました。彼が僕以外の人間と話しているのを見る度に不愉快な気分になって、笑い合っている度にどうしようもなく苛立つ。僕には彼しかいないのに彼は僕だけじゃない、僕の全ては彼なのに、僕は彼の全てにはなれないんです。そう思うとどうしようもなく悲しくて、腹立たしくなるんです。殺意すら芽生えてしまうくらいに。僕は彼の全てになりたかったんです。おかしな話ですよね、こんなに好きで大切で、ずっと一緒にいたいと思っているくせに、殺してしまいたいと思っているんですよ?僕以外を見るくらいならいっそこの手で殺してしまおうか、なんて」
rewrite:2022.03.05

暮れない暗闇

▼ 黒子テツヤ

小さい頃よく一緒に遊んだ男の子がいた。綺麗な水色の髪に水色の瞳をしていて、動くたびにその水色が光に溶け水のようにきらきらと光ってすごく綺麗だったのを覚えている。真っ直ぐで透明な眼差しがじいっと窺うようにこちらを見て、俺が笑えば彼も笑い、彼が笑えば俺も笑っていた。彼と遊ぶときはいつも二人きりで、誰かと遊ぶときそこに彼がいることは無い。不思議な子だったけど一緒に遊ぶのはとても楽しくて、二人で色々な遊びをしていた。一番多かったのは確か、影踏み。彼は影踏みが妙に上手くていつも俺は彼に勝てなかった。懐かしい思い出だ。そんなことをふと思い出したのは本屋に行った帰りにたまたま通った空き地がなんだかひどく見覚えがあるもので、何故だろうと考えたらなんてことはない。そこはよく彼と遊んでいた場所であったのだ。昔、まだ小学生の頃、俺はこのすぐ近くに住んでいた。彼と出会ってまもなく引っ越してしまったけれど、つい半年前またここに戻ってきたのだ。一緒に遊んだ彼は今どこに住んでいるのだろうか、と思ったところで彼の名前が思い出せないことに気付いた。あんなにたくさん遊んでいたのに忘れてしまったのか。帰って母にでも聞いてみようかと一歩踏み出した時、視界の端を鮮やかな水色が掠めた。あれ、と振り返って見ても何もない。あの懐かしい水色を見た気がしたのに。「誰かいるのか?」薄らぼんやりとした街頭の光を頼りに辺りを探れどそれらしい人影も何もない。気のせいだったのかと踵を返した俺の背後で、じゃり、と石を踏む足音がした。「大和君……?」記憶にある声よりもずっと低くなったその声をどうしてかすぐ彼のものだと思った。懐かしいと思う感情と共に酷く嫌な感じがして振り返ることが出来ない。「久しぶり、ですね、何年ぶりでしょうか」こんなに優しい声をしているのに、体が動かない。「会いたかったです、ずっとずっと。あなたがいなくなってから寂しかった」じゃり、と足音が近付いてくる。「また影踏み、しませんか?」僕とあそびましょう、と背後で何かが笑う。
rewrite:2022.03.09

物語の中の君が擦り減っていく

▼ 高尾和成

まだ帰ってくるとただいまと言ってしまう。返事なんて返ってくるわけも、玄関まで嬉しそうに走ってきてくれることももうないというのに待っている自分がいた。まだ期待してしまうのだ、もしかしたらあいつはただ少し遠くに遊びに行っているだけで戻ってきているんじゃないかと、俺の帰りを待ってくれているんじゃないかと。そんなわけないというのに。「あ、何もねーじゃん」スーツを脱ぎ捨て、夕飯を作ろうと開けた冷蔵庫には何もなかった。空っぽの箱の中には、つい買ってきてしまったケーキだけ。それは大和が好きだった店のもので、一昨日偶然通りかかって買ってしまったものだ。食べる人などいないのだと気付いたのは買ってしまった後で、あいつ喜ぶかなと考えた後だった。時々あるのだ、大和が好きだといっていたものや、お気に入りの雑誌だとかそういうものを買ってしまう。買った後で気付いて、どうしようもなくなるのだ。捨てるのも勿体ないし、食べてしまおうとひんやりとした白い箱に掴んだ。開けた箱の中には、あいつの好きなチーズケーキと、ガトーショコラ。フォークを一本抜き取って、そのまま箱から取り出さずにざくりとケーキをひとかけら削り取る。「あっま」舌に絡みつくような甘さに自然と顔が歪む。大和はいつもこんなものをあんな嬉々として食べていたのか。信じられねー、と小さく笑ってテーブルに箱を置いた手に、ぼたりと水滴が落ちた。目頭が熱くなって鼻の奥がずきずきと痛み出す。零れそうになった声を飲み込んで目元を手のひらで覆った。力が抜けた足では立っていることさえ儘ならなくて、ずるずるとしゃがみ込んでゆっくり息を吐こうとするけれど、それすら上手く出来ない。開いた口から次々に嗚咽が零れだして飲み込もうとしても喉がそれを拒絶する。名前を呼んでも決して返事は来ないし、温かい手が触れることもない。「傍にいるって、言ったくせに」どうして俺を置いていったりなんてしたんだ。
rewrite:2022.03.10

心許りの疵ばかり

▼ 黄瀬涼太

扉の軋む音に神父は顔をあげた。美しい金髪を風に靡かせる男はぼんやりとした目を教会内へ投げている。なかなか入って来ようとしない男に神父は柔らかく声をかけた。向けられた瞳に渦巻く後悔の色は濃く、ひどく泣きそうな顔で男が薄く笑う。その雰囲気に神父は無言で彼を懺悔室へと案内した。「幼馴染がいるんスよ。その子とは小学生の頃からずっと同じ学校で、いつも一緒にいて、もう一緒にいるのが当たり前みたいになってた。空気みたいなもんスかねえ、あるのが当たり前で、ないと死んじゃう……まあそれは気付いたのは最近なんスけどね。近過ぎてわかんなかったんスよ、多分。自分のことも相手のことも全然見えてなかった。最初はちゃんと見えてたはずなのに。……俺たちは中学に入っても相変わらずずうっと仲が良いままで、でも俺がモデルを始めるようになってから、いやもしかしたらもっと前からかもしんないスけど……なんだかちょっとずつ俺と大和の感じ方みたいなのがずれていっちゃって、違和感を覚えるようになっちゃったんスよ。その違和感が、俺が大和に抱いていた感情の変化だったってその時は気付かなくて、俺は大和とちょっとずつ距離を置くようになった。大和といると息が詰まってよく分かんなくなっちゃうからって。変な話っスよねえ、離れたら息が出来ないくせに息を吸う為に離れるなんて。……俺が距離を置き始めたって気付いた時、大和は俺によく何かした?って聞いてた。大和は悪くなんてないけど、そうやって聞かれるのも息が詰まって苦しくて、それが嫌でまた冷たくあしらってる内にもう大和はそんなこと聞かなくなった。遠くから泣きそうな顔をして見ているだけになって、それも無視してる内に大和の傍には俺じゃない人間がいるようになって、もっと息が出来なくなった。馬鹿っスよねえ、離れてから気付くなんてそんなお決まり、自分がするなんて思わなかった。そうやって誰かのものになってからああ好きだったんだって気付いてももう、全部遅いのに」
rewrite:2022.03.10

嘘と嘘とときどき嘘

▼ 黄瀬涼太
※映画「ヘルタースケルター」の台詞をもとに


何処を見ているのか分からない虚ろな目をして、そいつは薄ら笑いを浮かべている。ぐったりとソファに預けられた身体は以前見た時よりも痩せて見えた。「で、何の用だよこんな遅くに」深夜、日付が変わった頃にこの男は突然やって来た。がん、がん、とやけに間延びした間隔でドアを殴りつける音で目を覚ました時はもう本当に殺してやろうかと思ったけれど、ドアの向こうに立つ黄瀬にいつものあの腹の立つような笑みはなく、代わりに薄気味の悪い何かが漂っていた。元々頭のおかしい男だとは思っていたが、今日は一段と酷い。「用がないと来ちゃイケないんスか?」コーヒーカップを片手に、ソファを占領する黄瀬の足を蹴り落としスペースを作る。蹴るなんて酷い、と馬鹿みたいな泣き真似をするに思わず舌打ちが出た。鬱陶しさに心配して大損した気分になる。「もお、大和ってば冷たいっスね、涼太傷付いちゃう」「用がないなら今すぐ帰れよ。俺は眠てーんだ」こいつに割ける時間なんざ今は無い。これからあるのかと言われても答えはノーだ。一生ノー、全く迷惑極まりない。それでも無理にでも追い返さないのは、いつもと様子が違うからだろう。コーヒーを啜って黄瀬を見やると変わらず寒気のする薄ら笑いを浮かべていた。目が合うと擦り寄ってくる。「気持ち悪い」肩を押すとそのままごろりとソファから転げ落ちていった。ぐったりと床に寝そべる黄瀬はさながら死体だ。「音がするんスよ」独り言のような小さいその声は掠れて聞き取りづらい。「あ?」ごろんと仰向けになった黄瀬が俺を見上げた。真上の照明が眩しいのかしきりに瞬きを繰り返している。「聞こえない?カチコチって」ズレた焦点と崩れた笑みにひやりとしたものが背を這う。「もう終わっちゃうんスよ」くつくつと喉を鳴らして笑う。「終わっちゃうんだ」「……お前」「でもいいんだ、ぜーんぶ分かってたことだから」何があったのか知らないけれど、きっとこいつはもう、駄目なのだ。
rewrite:2022.03.10 | りりこ「音がする 聞こえない?カチコチって もう終わっちゃう 終わっちゃうんだ でもいいんだ、ぜーんぶ分かってたことだから」

遍く世界に示された存在

▼ 黄瀬涼太
※映画「ヘルタースケルター」の台詞をもとに


水を打つようなシャッター音が響き渡る。広がったその音はあちこちの物に当たり曲がって俺のもとへ届く。まるで責められているようだ。「いいよいいよ!そうそう、今度は少し視線下げて」シャッター音に重なって様々な声が飛び交う。賛美、感嘆、どれもこれも、いやというほど聞いてきた言葉だった。浴びせられるフラッシュにどんどん頭の中が白く染まって濁って、空っぽになって何も考えられなくなるのだ。「おかえり」崩れるように入ったリビングのまだ新しいソファに倒れ込むと足音が近付いてきた。傍にしゃがみ込んだ気配に瞼を持ち上げる。「……ただいま」腕を伸ばすとすぐ目の前まできてくれる。その肩に腕を回しごろりと寝返りを打って仰向けになれば、大和も引き摺られてソファに半分乗り上げた。俺の疲れ切った顔に微かに眉を下げ、そっと頬に触れてくる。くすぐったさを感じるほどその手付きは優しい。背中と腰に腕を回して引っ張り上げ自分の上に乗せ、ずっしりとした重みを感じながら石鹸の淡いにおいがする首筋に顔を埋めてようやく、ゆっくり息を吐いた。徐々に頭の中がはっきりしていく。「お疲れ」頭を撫でる彼の手は温かく心地良い。静かな部屋の中に響く時計の針が進んでいく音に、不意に頭の奥がバシャリと光る。フラッシュ、シャッター音、がしゃんがしゃん音を立てるそれはどんどん俺を削り取っていくものだ。「涼太?」息が出来ない。短く、早くなる呼吸に大和が慌てたような声をあげ身を起こす。叩き付けるようなフラッシュとシャッター音の合間、何か別の音がする。「涼太、おい!」どんどんシャッター音は遠ざかっていって、眩むような光だけが散らばり思考を奪っていく。音がする。「音が、」カチコチカチコチ音がする。困惑と不安に染まった瞳が俺を見つめていた。大和が何かを言っているけれど頭の中に響く硬質な音に阻まれて何も聞こえない。「嫌だ」時計の針が進んでいくような音。何もかもを無視して鳴るそれは、俺の中で何かが終わる音だ。
rewrite:2022.03.10 | りりこ「あたしの中で音がする カチコチカチコチ音がする それは、あたしの中で何かが終わる音」

いろいろの下の死角

▼ 高尾和成

入って来た男はぐるりと教会内を見回し寒そうに息を吐いて、それから神父へと目を向けた。どろりと濁った、死んだように光のない目が神父を捉えゆっくり細まる。寒気がするようなその笑みに神父は息を飲んだ。そうして男は馬鹿な話を聞いてくれとまた笑う。神父は目を伏せ頷き、男を奥へと案内した。「すっげえ仲が良い友達がいたんだ。親友って言っても間違いじゃないと思う。自分以上にお互いを理解しあえてるんじゃないかってくらい仲良くてさ、もう一緒にいるのが当たり前って感じだった。……多分最初から好きだったんだよなあ、そいつのこと。でも俺もあいつも男だし、無意識の内に有り得ないって思ってたんだろうな。そのままずうっと気付かないまま死ねたら良かったのにさあ……。昔っからそうなんだけど俺、欲しいって思ったら何が何でも手に入れたくなっちゃう性質でさ、なるべく正当法で攻めてはいるけどああ無理かなって思ったら無理矢理取ってっちゃうんだよ。だめだってわかってるけど止まんないし止められない。そいつのことも最初は正当方で、正面切って攻めてたけど鈍すぎて全然だめで……それで諦められたら楽なんだけど無理だった。あいつの隣はずっと俺のものであってほしいし、他の誰かになんて渡したくない。だからあいつの弱いとこに漬け込んだりして、洗脳みたいにじわじわ刷り込んでいったんだ、お前の居場所は俺のとこしかないんだよーってな感じでさ。あいつに近寄る奴も俺にとって不都合になるような奴も、全部遠ざけて近付けないようにして……最低なやり方なのはわかってるけど、そうまでしてでも絶対に渡したくなんてなかったんだ。そうやって手に入れた今でも、幸せだけど安心は出来なかった。いつあいつが離れてくんだろうって、いつあいつが気付いてしまうんだろうって考えると怖くなる。でも時々思うんだよ、もしかしたらあいつは最初っから全部解ってたんじゃないかって、解った上で俺と一緒にいてくれるんじゃないかって。馬鹿馬鹿し過ぎて笑えてくるだろ?」
rewrite:2022.03.10

誰も彼もぼんやりとひかっている

▼ 黄瀬涼太
※なんちゃってオメガバースパロ


ふと香った甘くて全身が痺れるようなフェロモンの匂いに、本能的にこの香りの持ち主が自分の番であると悟った。俺はアルファで、だからこの香りの持ち主はオメガだ。でも今近くにいるのは俺より数段は確実に格上の圧倒的アルファ様である赤司っちと、同じくアルファの紫原っちだけ。この二人がオメガな訳がない、とすれば近くに他の誰かがいるのかと会議室から顔を出して廊下を見れば、俺とそう変わらない背丈の人影が少し向こうに見えた。あれって、と一緒考えてぴしゃんと戸を閉める。「どうした、黄瀬」「え、あれ?え?」あれは工藤大和だ。黒子っちと同じクラスの有名人クン。ずっとずっと、彼は俺と同じアルファだと思っていた。俺だけじゃない、ここに通う人間で彼を知る人は皆、彼をアルファだと思っているんじゃないだろうか?スポーツも勉強も何でも出来て、人を惹き付けるカリスマ性もあって、無条件に人を従えさせるようなオーラを放っている。そんなのアルファだと思うに決まっている。なのにフェロモンを感じた。あれが彼から漂っているとすぐに分かった。なら工藤大和はオメガなのか。オメガは発情期を迎えてはじめてオメガとして成熟する。それまではオメガだと判明してもフェロモンが放出されないのだ、まだ体が未熟で。今俺が彼のフェロモンを感じたということは、ついこの前、彼がオメガとして成熟したということなのだろうか。「工藤クンってオメガだっけ」ほとんど確信があるのに赤司っちにそう聞いてしまうのは、きっと絶対的な事実が欲しいからだ。「工藤って黒子と同じクラスのか?」「そう」「え~アルファじゃないの?匂いしなくない?」「いや、彼はオメガだと思うぞ。骨格が違う」「え、骨格とか分かんの赤ちん」「見れば分かる」「いや分かんねーし……」そのまま骨格による見分け方講座が始まりそうな赤司っちに部活は休む、とだけ言って返事も聞かずに会議室を出た。廊下にもう彼の姿は無いけれど、フェロモンが居場所を知らせてくれる。はやく行って、さっさと囲い込んでしまおう。誰かに取られてしまう前に。
rewrite:2022.03.10 | 香りから好きが始まっちゃったタイプの黄瀬涼太はこの後相手を口説き落とすのにとても苦労しそう