2022.08.11
トレイ・クローバーの回想
あの時の衝撃は今でもよくよく覚えている。今でも、つい数秒前のことのように鮮明に思い出せる。開かれた棺の中から出てきたのが“二人”だったということにも驚いたし、その“彼ら”が全く魔力をもたないことにも驚いた。けれど何よりも驚いたのは、彼らの持つ恐ろしいまでの美しさだ。リドルの艶やかな赤髪とも違う、鮮やかで濡れたような輝きを放つ赤い髪と真紅の瞳。透き通った肌に淡い薔薇の唇。神が心を込めて形作ったような完璧さはさながら人形のようにも思え、けれどその瞳に宿る輝きが彼らが生きているものであることを証明していた。自分たちと同じように生きているものだと分かっても、離れ離れになることを嫌うようにぴたりと寄り添った彼らはまるでふたつでひとつの生き物のようで、自分たちとは違うように感じたこともよく覚えている。自分たちと同じ“人間”であると分かっている今でもなお、何か違う次元の存在のように思える時があった。それは俺だけではない。『二人は本当に人間なのだろうか』そう時折誰かが言っているのを聞くのだ。その言葉を聞くたび、俺は彼らを初めて見たあの瞬間を思い出す。彼らが現れた瞬間からあの場は彼らの支配する場となっていた。誰もが二人の一挙一動に注目し、誰も何も発さず、発せず、ただ二人を見つめていた。彼らは互いの顔を見合わせ言葉もなく何かを伝えあい、頷き、それから周囲にいる生徒を見まわして、微かに笑んだ。あの笑みを見た時の衝撃はうまく言葉に出来ない。何度思い出しても、いつもあの時感じたものを表現出来た試しがない。きっとそれは俺だけではないだろう、あの時誰もが言葉にできない衝撃を受けたはずだ。敢えて何かに無理やり当てはめ言葉にするとしたら、あの時俺たちが見た笑みは、神の存在を思わせるもんだった、とでも言おうか。あの瞬間、少なくとも俺は、神や天使といった居るのか居ないのか到底把握することは出来ない存在を見たような気がしたのだ。「おはようございます、トレイ先輩」二人分の声に振り返れば今日も仲良く寄り添った監督生の二人が美しい笑みを湛えて立っていた。
ある日のお茶会
はたから見ても双子と分かる顔をした彼らは、それでも全くの別人、別の個体であるとはっきりと分かるほど違う。コウと名乗った双子の兄の方は穏やかで柔らかな顔立ちと雰囲気だが、セイと名乗った弟の方はキリリとしたシャープな顔立ちでどこか威圧感のある、上に立つものならではのような雰囲気を纏っていた。二人とも話してみればとても付き合いやすい人間だと分かるが、それでもどことなく話しかけづらい空気はある。容易に話しかけてはいけないような気がしてくるのだ。それはヴィルやレオナに対するものにも少し似ているかもしれない。「どうぞ。これは砂糖を入れなくても甘いから、よかったらストレートで飲んでみてくれ」紅茶を淹れたカップを差し出す手が微かに震えていた。ひどく緊張している。こんなに緊張しているのはいつぶりだろうか。「ありがとうございます」四つの宝石の瞳が一斉に俺へとむけられ、穏やかな弓なりになった。「ああ、良い香り……トレイ先輩は紅茶を淹れるのもお上手なんですね」「薔薇みたいな香りがする」日の光にきらきらと輝くそれらは見惚れるほどに美しい。「ああ、ローズティーだよ。ウチの寮の特製品だ」白い指が華奢なティーカップを持ち上げる。花びらの唇がカップで歪み、その柔さを伝えてくるようでさっと目をそらした。ド、ド、と勢いよくなる心臓にどうか顔が赤くなっていませんようにと祈らずにはいられない。じっとりと汗ばむ手をこっそりと拭ってから皿を手に取り、「二人は何が食べたい?」とテーブルにいくつも並んだホールケーキたちを指し示した。「甘いものが苦手ならキッシュも用意してるから、遠慮なく言ってくれ」「なら遠慮なく……俺はあのイチゴタルトを。セイは?」「僕はあのキッシュを食べてみたいです」コウにイチゴタルトを、セイにツナとブロッコリーのキッシュを手渡すと二人は嬉しそうに笑い、俺へ揃っていただきますと言った。「ああ、好きなだけ食べてくれ」
2022.08.11
悪意の次に甘いもの
麗らかな昼下がりの中庭に、なんとも妙で怪しげな集団を見つけてジャックは食堂へ向かっていた足を止めた。「……なんだあれ」学園長が大切にしているらしい林檎の木の下に置かれたベンチに、手に何かを持った十人ほどの生徒たちが集まっている。腕章の紋様は様々だ。「どうしたの?」共に食堂へ向かっていたエペルも足を止め、ジャックの視線の先を辿る。「あ、またやってる」「また?」「あれね、監督生クンたち待ってるんだよ」「あの二人を?」異世界からやってきたという二人の少年を思い出し、ジャックはますます怪訝そうな顔をした。あんな大人数で一体何をする気なのか、と言いたげな顔をするジャックにエペルは笑いながら「あれ、“監督生様を崇め奉る会”だから大丈夫だよ」聞き慣れぬ言葉にジャックはぎょっと目を見開いてエペルを見た。「あ、あがめたてまつる?」「そう、崇め奉る会。僕の同室の人も入ってるみたい」「……何する会なんだそれは」「えーとね、確か監督生クンたちが生活していきやすいようにお手伝いするって言ってた、かな」エペルの同室者が言うには、“この世に降臨せし現人神たるかの方たちが心穏やかに日々を紡いでいけるよう少しでもお手伝いさせていただく”のがこの会の存在理由なのだそうだ。あまりにも理解できない内容だったがためにジャックはもう何も聞かないことにした。再び食堂へ向かいながら、時々あの二人が食堂ではなく購買で食事を買ってどこかへ行くのはそれのためか、とぼんやりと思う。「二人も大変だな」「あはは、そうだね。でもなんとなく、二人のことそう見ちゃうのも分かるかな」あの二人はどこか超然とした、人ならざるもののような神秘的な空気を持っている。そのうえ、頭の回転も早く察しも良いからか、言葉でも物でも、こちらの求めているものをさっと出してくるのだ。「まあ、俺も分からなくはねーかな」けれど自分があの連中の中に入ることはないだろう、とジャックは思っている。
2022.08.22