Cemetery

※主人公:赤司征十郎の双子の兄をやってる教祖系(諸説あり)

欠けないピースで君を埋めるよ

どうしたって僕と彼の見ている景色が重なることはきっと一生無いのだろう。ずっと追いかけてきたその背には、いまだ触れることすら出来ていない。あと少しで届きそうだと思ったらまたすぐにその距離は開いていく。縮まらぬその間には幾重もの壁が連なり、彼に触れることを阻む。「征?どうしたの?」歩みを止めた僕に気付き、数歩先でも足を止め振り返る。優しく細められた真紅の瞳が蛍光灯の光を反射し煌めいた。「なんでもないよ、少し、考え事をしていただけだ」全てを見透かしてしまうその目から逃れるように、視線を地面へ這わせる。そう、と吐息混じりに吐き出された音には笑みが含まれていて、やっぱり彼は何もかも知っているのかもしれないと思った。僕がいつも抱くこの劣等感染みたものも、焦燥も、どうしようもない恋心も。「あ、大変、征、急がないと電車に乗れない」ちらりと時計を見たが僕の腕を取る。布越しに感じる体温はひどく淡いもので、僕と彼を繋ぐもののようだ。僕にとって彼は全てだ。でも彼にとって僕は全てじゃない。大切だと思われているかもしれないけれどそれは血を分け合っているから。ただそれだけでしかない。血が繋がっていない他人だとしたら、彼の全てになれたかもしれない。全てじゃなくても彼の大部分を占めることが出来たかもしれないのに。血とは厄介なものだ。ただ血が繋がっているというだけで、無意識に感情を抑制する。家族愛からそれ以上に発展しない。ひとつ回路をずらせば途端にそれ以上になれるけれど、そのひとつはなかなかずれない。「」足を止めずにちらりと振り返り、人にぶつかりそうになってまた前を向いたが優しい声でどうしたの?と聞く。改札を抜けて白線の傍に立ったところで、僕は続きを口にした。「僕のことすき?」不思議そうな顔。僕は馬鹿だ。無理だとわかっていても彼の全てになりたいと思ってしまう。「僕はのことすきだよ、愛してる」全てになれないというのならせめて、あなたの中で永遠に生き続けていたい。だから、「征!」幕を閉じるのだ。あなたの中で生きる為に。
rewrite:2021.09.09

絶対に正しい孤独

何人たりとも皇一郎に近寄ることは許さない。いや、許されない。彼の傍にいていいのは僕だけだ。「皇一郎はお前などが近寄って良い人ではない」既に動かなくなっているそいつにそう吐き捨て、止めを刺す。ある程度頭の良い人間は自分の立場を理解し彼に近寄ることはない。だが今目の前で虫の息で這い蹲るこいつのような頭の悪い奴はごまんといる。そいつらは自分がどれだけ低能で屑な存在なのかをてんで理解していない。だから皇一郎のような人間に気安く声をかけ、触れ合おうとする。「身の程は弁えた方が良い」もう殆ど聞こえてなどいないだろうし意味が分かっているのかどうかも怪しいが、そいつが何度も頷くのを見てから踵を返す。ああ早く戻らないと。きっと皇一郎はもう教室に来ているだろう。上履きに履き替え階段を駆け上がり、見えてきた教室の外、自分よりも尚鮮やかな赤い髪を見つけた。目を伏せ佇む、たったそれだけでも絵になるその人にちらりちらりと視線が投げ掛けられ、けれども声をかける者はいない。そう、それでいいのだ。「」長い睫毛が持ち上がって、美しい宝石が僕を捉え煌めく。ほうっと溜め息が落ちてしまいそうな輝きにうっとりと目を細めながら手を伸ばし、白磁の頬に触れた。くすぐったそうに笑う姿に眩暈がしそうだ。「征、どこ行ってたの?」「ただの呼び出しだよ」「征は人気者だねえ、焼いちゃう」冗談めかした口調で皇一郎は笑う。僕の呼び出しじゃないよ、と心の中でそっと呟きながら僕も笑った。皇一郎は何も知らなくていいのだ、あんなものに心を割く必要はない。「じゃあ帰ろうか」「そうだね」慣れたように、揺れる白い手を掬い上げて絡めれば視線たちの中に羨望じみたものが混じる。それをいつものように流しながら隣を見れば、僕の視線に気付いたその赤い瞳がこちらを向いた。どうしたの、と柔く細められたその目の中には僕しか映っていない。「なんでもないよ」これからもその瞳に映るのは僕だけだ。それでいい、彼の隣に立つことは僕にだけ許されるのだから。
rewrite:2021.09.20

辿りついた空白

たくさんの眼が見ている。一挙一動、何から何まで全て、じっと見ている。何かひとつでも間違いしくじれば批判し非難を浴びせる眼差し。救いを求めただ導かれることを待つだけの人間が、そんな目でじっと僕を見ているのだ。僕よりも何倍も人生を生き様々なものを見ているはずの人間までもがそんな目で待っている。僕は全知全能の神などではない、まだ大人にすら成りきれていないただの子供だというのに。何の力もなく、浅はかで愚かな子供であろうに。「僕は何も知らない。何かが見える訳でもない。道など僕には見えないし、未来なんてものも見えやしない。ただそこにあるものが見えているだけなのに」「でも周囲の人間より識っている。そして視えている」「だがそれも程度がしれている。それに、の方がよっぽど識って視えているだろ?」「俺は別だよ」薄く笑ったその顔は、柔らかな諦観が滲んでいた。「……あの眼に見られていると、僕は時々何もかも解らなくなる。自分が誰で、どうしてここにいて、何をしているのか」あの神に救いを求め縋る様でありながら、粗探しをする監視の眼差しに晒されているとすっと音が遠のいて視界が狭まり暗くなる。そうするともう、何もかも解らなくなってしまうのだ。何処に行けばいいのか、何を見ればいいのか。自分が誰なのかすらも解らなくなる。だから何を信じればいいのかも解らない。きっと彼はそんなこと一度もないのだろう、ただ優しげな顔をするこの人は。「俺は、もう自分がどこにいるのかなんて解らなくなっているよ」少し大げさに肩を竦めた彼に笑みすら浮かんでしまう。何を馬鹿な、と。「ならどうしてそうも平気にしていられるんだい?」「もともと俺には何も無かったから焦る必要もないのさ」「何も?」「ああ、何も。自分すらもね。だから不安に思うことも怖がることもない。征十郎もさっさと棄ててしまえばいいよ、そんな重たいもの」頬を撫でるその指は温かい。けれどその目が奇妙な空虚さを映しているのに、今初めて僕は気付いた。
rewrite:2021.12.01 | BGM:アイデンティティ / 椎名林檎

朝のまなざしの感光

※中村明日美子先生の『perfect world』パロディ

いつもと変わりのない朝、朝食の席に着いた赤司皇一郎の左手にぽつんと咲いたカランコエに似た小さく赤い花だけがいつもとは違っていた。その花がここ最近流行している『花咲クル病』という、徐々に花が増えて意識は朧になり眠るように死に至る、治療薬もまだ開発されていなければ完治した人間もいない不治の病に罹患した証であるとは誰の目にも明らかである。家の人々が絶望に顔を青褪めさせ泣き喚く中、赤司征十郎は己が兄の手に咲く花の楚々とした可憐さに目を奪われていた。「かわいい花だね」あちこちに電話をかけている父やさめざめと泣く使用人たちには聞こえぬよう、ひっそりとした声で皇一郎に囁いた征十郎はそうっとその花を指先で撫ぜた。「ふふ、そうだろ」俺とお前の色だ、と柔く笑った皇一郎に征十郎も小さく笑みを返す。「僕には咲いてないのかな」「うーん、今見えるとこには見当たらないな」「……」「……」二人はじっと花を見つめた。「感染経路って不明なんだっけ」「何もかも不明らしいけど、試す価値はあるかも」その日、二人だけの習慣がひとつ増えた。「おやすみ、」「おやすみ、征」触れ合うだけの優しいキスをして、「では」「どうぞ」パジャマの上着を脱いだ皇一郎の右の鎖骨から咲いていた花をぷちりともいで征十郎は口に含んだ。そうして肩や胸、背に咲く花を次々と飲み込んでいく。「なかなか咲かない」「大丈夫だよ、置いてかないから」あの日から毎晩、征十郎は皇一郎に咲く花を飲み込んでいた。けれど彼に花が咲くことのないまま、皇一郎の症状ばかりどんどん進行していく。そうしてふた月が経つ頃、花が咲かないままの征十郎を置いて皇一郎は眠るように死んだ。「置いていかないっていったくせに」彼自身のベッドへ横たえられた皇一郎の頬にぽたんと征十郎の涙が落ちる。その時、不意に彼は胸の辺りに違和感を覚えた。何かが触れているようなくすぐったさ。征十郎はすぐ後ろに居た父に一言告げると自室へと駆け込んだ。予感がしている。逸る心を抑え震える指先でワイシャツの胸元を開けば、心臓の上、カランコエに似た小さい赤々とした花が、一輪、顔を覗かせていた。
rewrite:2021.12.12

夜更けのブーケ

※赤司くんが洛山の学生寮に入ってる

着々と針を進める時計を見上げて、携帯を見る。いつ電話をかけようか。まだこうして離れ離れになる前、中学生の頃は二人一緒にベッドに寝転がって時計を見つめながらなんてことない会話をして、日付が変わったらお互いおめでとうと言って少しだけ話をしてから共に眠っていた。でも今は一緒にベッドに入ることも眠ることも出来ない。ぱたりとベッドに寝転がり目を閉じる。ああに会いたい。最後に会ったのは夏休みで、後はずっと電話かメッセージのやり取りばかりな上にそれもお互いに忙しいせいで頻繁には出来ない。も洛山に来れば良かったのに。そうすればいつも一緒にいられるしこんな思いをしなくてすむ。それに、おめでとうと言って抱きしめることも出来るのに。何度目かわからない溜め息を吐いたところで、通話アプリを立ち上げる。ぐだぐだ考えたって仕方ない、会えないものは会えないのだ。一番上に表示された名前をタップすればコール音はするものの、一向に繋がらない。忙しい彼のことだ、もしかしたら疲れて寝てしまっているのかもしれない。発信を切り沈んだ気分のまま枕に顔を埋める。もうさっさと寝てしまおうと布団に包まって、気分を静める様に深く息を吐いたところでなにやら外が騒がしくなってきた。小太郎の騒がしい声と、窘める玲央の声。何かあったのかと体を起こしたそのとき部屋の鍵が回った。「えっ」ばん、と勢いよくドアが開けられ、その向こうに会いたくて仕方がなかった彼が立っていた。「間に合って良かった、電話ごめんね」「……?」「うん」にっこりととびっきりの笑顔を見せた彼に鬱々としたものが消し飛んでいく。「おいで、征」広げられた腕に誘われるまま思い切り抱きついた。ああだ、本物だ。「何でいるの、明日学校は?」ぎゅうぎゅうと抱きしめながら聞けば、何てことないとばかりに「あるよ」と返ってきた。「あるけど、征に会いたかったから来た。それに征に一番に誕生日おめでとうって言わないと」また来年も会いに来るから、と言う彼に、今度は僕が会いに行こうと決めた。
rewrite:2021.12.13

透けて消えるまばたき

が瞬きする度にキラキラと星が散って落ちていく。流れ落ちてしまったその星は彼の睫毛が起こした小さな風に乗って僕のところまでやってきて、そうして僕のところに辿り着いた途端、パチンッと弾けて消えてしまうのだ。と目が合う度、僕はいつもそんなことを思ってしまう。それくらい彼の瞳は綺麗だ。僕よりもずっと濃いルビーの色をした目はいつもキラキラしていて、それこそ星空のようなのだ。目は口ほどにものをいうという言葉の通り、彼はその星空にたくさんの感情を浮かべるけれどそれは決して濁ったりせず、真っ直ぐで迷わない。それが僕には時々眩しく、同時に羨ましくもあった。僕にはきっと一生持てないその目で、僕が見ることの出来ない道を彼は見据えているのだ。だから間違えることがないのだ。「美味しい?」目の前で幸せそうにケーキを口へ運ぶにそう尋ねると、彼は柔らかい笑みを浮かべながら頷いた。「征が作ってくれたからね、とっても美味しい」煌めく紅がまたたくさんの星を散らし彼を彩る。どうしてこの人はこんなにも綺麗なままなのだろうか。「征も食べる?」が甘くほどける砂糖菓子のような笑顔と共にケーキを一口フォークで掬った。細められた瞳から落ちて飛ばされた星たちが目の前でパチリパチリと弾け、ちかちか瞬くそれが眩しくて目を細める。「うん、一口もらうおうかな」曖昧に笑んで口を開けばつるりとフォークが差し込まれた。そうして口内に放り出されたケーキはどろりとした甘さを振りまきながらも端々に苦みを残して消えていく。彼のように。「美味しいでしょ」また落ちる。どんなに多く落ちてしまっても、彼の瞳には無数の星は輝いている。絶えることのないこの美しい星空を、僕は一体いつまで眺めることが出来るのだろう。彼の見据える先に、あとどれだけ僕は存在していられるのだろうか。「そうだね」飲み込んだばかりのケーキの重苦しい甘さが、ゆっくりと纏わりついて自由を奪う。本当に、彼のようだ。
rewrite:2021.12.14

月を満たす繭

夜が嫌いだった。夜になると考えなくていいことまで考えて思い出さなくていいことまで思い出してしまうし、あまりに静かすぎる。誰もが眠ってしまって死んだような静寂が怖かった。「俺はすきだよ」真夜中、細く薄い月明かりだけでは何もかも薄らぼんやりとしか見えない部屋で、僕の手を柔らかく包みこんだままのが笑う。「静かだから、いつもは聞こえないものもちゃんと聞こえるだろう?」すぐ目の前にある僕と同じ色の瞳が優しく細められた。「でも、聞きたくないものまで聞こえてしまう」僕の小さな声を掻き消すように強い風が窓をがたがたと揺らす。一瞬どきりと跳ねた心臓のこの音も彼には聞こえているのだろうか。眠たげにゆっくりと瞬きを繰り返していた彼も、とうとう目を閉じてしまった。細く吐き出された息が首筋を掠めていき少しくすぐったい。が黙ってしまえば、本当に何の音もなくなる。ただ窓の外で荒れ狂う風の音と自分の呼吸音、鼓動、それから時計の針が進む大きな音。閉ざされた瞼の縁を彩る睫毛をぼんやりと見ているとだんだん恐ろしくなってくる。いつもは考えないようにしていることたちがゆっくりと頭を擡げはじめ、息が詰まる。ぐっと瞼を強く閉じても眠気などやってこないし思考も止まらない。何をそんなに脅えているのか自分でもよくわからないけれど、恐ろしくてならなかった。そっと目を開けて見ても彼の目は閉じられたままで、本当に眠っているだけだろうかという考えが過っていく。そうして蓋は開けられ、考えてはならないと思えば思うほど次々溢れてくるのだ。小さく吐いた息は細かく震えていた。「大丈夫だよ、征」ふいにルビーの瞳が現れて包みこまれていた手が強く握りしめられた。「何も怖いことなんてない、大丈夫」僕の手を握っていた手が離れ、背中へ回される。そして抱き寄せられるままに胸へ頭を寄せれば緩やかな心音を聞こえてきた。それを聞いていると少しずつ恐ろしさが薄れていって、ゆっくりと呼吸が出来る。何をそんなに脅えていたのか不思議になるほど、今は安堵に満ちていた。
rewrite:2021.12.22

ghost fragment

嵐の夜には誰かがここから連れて行かれる。十一年前の春、八年前の冬、それぞれ僕の父と母が嵐の晩に消えた。残された僕と僕の兄は親戚へ引き取られ、高校への進学とともに京都へ出るまでその家で過ごした。僕も兄も同じ学校に進むことにしたのは、どちらもたった一人の家族の傍を離れたくなかったからだ。京都に越してからも幾度か嵐に見舞われ、その度に僕らは互いを決して失わないよう手を握り合い小さなベッドで寄り添い眠った。何もかもを飲み込み連れ去ろうとする激しい雨風に怯えながらも、僕も兄も無事であった。しかし一年前の夏、嵐の晩、僕の唯一の肉親であった兄が消えた。一人では広すぎる部屋でただひとり嵐に怯える僕のもとへその手紙が届いたのは、兄が消えてから1週間経ったよく晴れた日の午後のことである。見たこともない差出人の名、だが宛名は僕であった。不信感を募らせながらも開封すれば中には三枚の白い便箋が入っており、その内容は嵐の晩のことについてである。嵐の晩に連れ去られた者を連れ戻す方法、端的に言えばそのような事が綴られていたのだ。連れ戻す方法は嵐の晩に容れものを用意して雷光を待つ、たったそれだけだった。だがそれは容易いことではない。兄に見合うだけの容れものがなかなか見つからないのだ。やはり出来合いのものを使おうとしたのが良くなかったのだろう、それから僕は地道に少しずつ少しずつ、兄の器になり得そうなものを集め繋げていった。試行錯誤している内に一年が経ち、昨晩、漸く器が出来上がった。そして今晩、嵐は来る。やっと愛する兄に僕はまた会えるのだ。「どうか、上手く行きますように」不穏な風が窓を叩き、この世の全ての悪意を集めたような雲がゆっくりとこちらへ流れてくるのが見えた。兄となるモノの前に座し氷の手を握り締める。雨が降り出した。そこかしこの窓が礫をぶつけられた様な音を立てる。もうすぐ、雷が鳴り出すだろう。「皇一郎」すぐ傍に兄がいる気がする。そして稲光が部屋を照らした。
rewrite:2021.12.25

くずれていく神話

「僕は兄を心底愛していました。兄は僕の全てであり人生そのものですらあった。僕は兄がいればそれだけでもう満ち足りていて、それ以外は何も必要ではありませんでした。兄もまた僕と同じだったはずです。僕たちは二人だけのルールをつくり、二人だけの世界をつくっていきました。でも高校に入った頃から兄は変わってしまったのです。僕と兄は同じ高校に進学しました。そういう約束をしていましたし、そもそも離れるという選択肢はなかった。……それで、……進学して三ヶ月程経った頃から兄は僕とのルールを無視することが少しずつ増えていきました。一緒に過ごす時間もどんどんと減っていって、半年経つ頃にはもう兄は僕のことなどちっとも見なくなっていた。兄は、……兄は僕ではない人間と時間を共にするようになっていたのです」窓越しに伝わって来る重く湿った不穏な空気に、神父は静かに息を呑み、浮き出てくる汗を拭った。聡明さを感じさせる落ち着いた青年の声は、淡々と、滔々と話を続ける。「僕は兄に何故、と問いました。何故僕以外の人間といるのか、何故約束を破るのか。兄はなんてことないような顔で、僕と居るよりそいつと居る方が楽しいからと言いました。何を言われたのか僕にはよく分かりませんでした。僕と兄は楽しい楽しくないで一緒にいた訳ではないのに、僕と兄は互いが全てで互いが世界そのものだったから、だから一緒にいるのが当然で……そんな、馬鹿みたいな理由で傍に居た訳じゃないのに、兄はそんな愚にも付かない理由でもって僕を遠ざけようとしたのです。だから僕はそれが兄の本心ではないと思いました。なにか抜き差しならぬ事情があるのだと思いました。でも違ったのです、兄は本心からもう僕を必要としていなかった。知らない人間が僕と取って代わっていたのです。僕と兄の世界は壊されてしまったのです、他でもない、兄の手によって……だから僕は、兄を殺めました」毒々しい笑みを含んだ満足げな声が静かな室内に響く。「これ以上僕と兄の世界を壊されてしまわないように」
rewrite:2021.12.25