Cemetery

※主人公:お姫様願望持ちの多面的キュートボーイ(性悪)

白けた凶暴

▼ 三橋廉 / ofr

なんだかその笑顔が無性に腹立たしく思えて柔らかい頬を思い切り引っ叩いてしまった。じんわりとした痛みが手のひらに広がる。叩かれた廉は一瞬きょとんと僕を見つめたが、すぐにさっと笑顔を引っ込めて怯えを浮かべた。「あ、ご、ごめっ」きっとまた自分が何かしたせいで僕が怒ったと思ったんだろう。あながち間違いではないけれど、そうやってすぐに何でも自分が悪いと決めてかかるのは良くないし、理由も分からず謝るのも良くない。廉は良くないことだらけだ。怯えた顔で謝る姿にまた苛立って、赤くなった頬をもう一度張り飛ばした。頭がぐらりと揺れて滲み始めていた涙が落ちる。赤く腫れた頬を押さえよろけながら僕から一歩引く、その態度にすらイライラして仕方がない。「何で逃げるの?」距離を詰めれば詰めただけ廉は後退る。「な、何か、変、だよ、ど、どうしたの」困惑に眉を下げおろおろと廉の視線は彷徨う。それに返事はせず空いた距離を詰めて今度は拳を叩きつけた。よろけバランスを崩した廉はそのまま床に倒れ込み、一瞬呆然と僕を見上げて握られたままの拳に顔を歪めて身を守るみたいに両腕で頭を庇いぎゅうっと身を縮める。小さくなって泣きじゃくる廉に苛立ちが嘘のように消えて、言い様のない優越感と恍惚感が満ちていく。小さな子供みたいに泣く廉がとても可愛く思えた。「廉」傍にしゃがみ込んだだけでびくりと震える廉の頭をそっと撫でる。意外と柔らかいこの髪が僕は結構好きだ。腕の隙間から窺うように見上げる瞳に笑いかけると恐る恐る廉は腕を下ろした。涙に濡れた頬を出来る限り優しく拭って、「ごめんね」とほんの少し触れるだけのキスを頬にすれば、廉は驚いたように瞬きを繰り返した後真っ赤に頬を染めた。その様子がすごく可愛くて笑う僕につられたように廉も笑う。ふにゃっとしたその笑顔が僕の中の何かを異常に掻き毟ってきて、僕は思わず顔を顰めた。廉はぱちくりと瞬きして顔を顰める僕に首を傾げて、それがまた無性に、「ムカつく」そうして振り出しに戻るのである。
rewrite:2022.02.20

ざらざらの上で丸まる

▼ 三橋廉 / ofr

は俺の手や爪が好きらしい。いつも深爪気味に切っている爪の先なんかを気付いたらよくすりすり触っているし、肉刺だらけの俺の手を触ったり握ったりしてはにこにこしていた。にそう言われて触られるのは結構恥ずかしいけれど、それ以上に嬉しくてどきどきする。俺もの節の目立たない綺麗な指や俺よりも小さくて柔らかい手が好きで、よく意味もなく手を繋いでは幸せな気持ちになっていた。「れん」ふと自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、徐々に意識が浮上する。「れん、廉、」が俺の手をきゅっと握りながら囁くように名前を呼んでいた。「……?」しょぼしょぼする目で時計を見れば、まだ昼休みの時間だ。どうしたのだろう、との方を見るといつもの優しいふわふわした笑顔で俺を見ていた。「あのね、廉にお願いがあって」「おねがい?」「うん、廉にしかできないことなんだけど」俺にしか出来ないこと、そう言われてパッと目が覚めた。俺にしか出来ないお願いごと!「な、なにっ?」「あの……僕、廉の爪がほしい」えへへ、とちょっと恥ずかしそうに笑うがかわいくて、俺もにやにや笑っちゃったけど、ちょっと待って。俺の爪がほしいってどういう意味だ。「えっ、つめって、爪?」「うん、廉の爪」にこにこのに手を引かれ席を立たされる。「ど、どこ行くの?」「空き教室。もう用意してあるんだよ」「え!?ど、な、なにするの」「ちゃんと救急セットもあるから安心してね」爪が欲しいってそういうことなのか?何かのたとえとかでもなんでもなくて、本当に爪を剥がされちゃうのか!?もたもたしている内に準備してあるという空き教室に押し込められてしまった。「ま、待って、あの、っ」がくがく震える俺をは椅子に座らせ、あっという間にベルトみたいな物で腕を固定されてしまった。「や、やめて、……」ぼろぼろ涙が出てきて、は困ったように眉を下げた。「泣かないでよ、廉」震える俺の手をきゅっと握ってくれるけど、ベルトは外してくれない。「大丈夫だよ、上手にするから」優しく笑って言うけれど、全然、大丈夫じゃない。
rewrite:2022.02.24

きみが熱帯の中心

▼ 松野一松 / osmt

お互いあまり気持ちを言葉にする性質じゃない。好きって言うよりも手を繋いだり、大好きって言うよりも抱きしめたり、愛してるって言うよりもキスをしたり。そうやって言葉のかわりにありったけの想いをこめて愛を表現する。俺はそれで満足していたし、たとえ言葉が無くてもの想いは伝わってきていたから。でもはたまに少し寂しそうな顔をしていて、そんな顔をした後は決まって泣きそうな、今にも掻き消えてしまいそうな小さな声ですき、と囁く。その後に言葉は続かない。漂う沈黙はひどく物悲しげで、でも俺はいつもその好きに何も返すことは出来なかった。俺も好きだって言えばいいのに、言葉が、声が出てこないのだ。好きのたった二文字、それだけなのに上手く紡げなくてどんな音だったっけって考えてしまって。そうして毎度俺は言葉の変わりに彼を強く強く抱きしめるのだ。「一松」きゅうっと俺の手に握る力を強め「すき」は言った。微かに震える伏せられた睫毛と滲んだ声が、どうしようもなく哀しい。好きと言われて嬉しいはずなのにその声のせいか、どうしようもなく泣きそうになった。少し低い位置にある彼の頭がことりと胸に寄せられ、もう一度、小さな声が「すき」と吐き出す。「……、」俺も好きだ、と声にならない。開いた口からは何も出てこなくて、の手から力が抜けていく。静かで湿った沈黙にああ泣いてるんだ、と見てもいないのにわかってしまった。「(約束、したのに)」自分の好意を受け入れてもらえるという奇跡が起こったときに、俺は彼を幸せにすると約束した。なのに俺は今、を泣かせてしまっている。俺が泣かせているのだ。なんて情けない、好きな人を笑顔にするどころか泣かせてしまうなんて、恋人として最低だ。すっかり力の抜けきったの手をしっかりと握り、もう片手で小さく震える彼の体をぎゅうっと抱き締めた。そんな思いをさせたいわけじゃない、だから、目を閉じて息を吸って言え、言うんだ。「……す、すき、です」どうかあの柔くて甘い、笑顔を見せてほしい。
rewrite:2022.02.24

わたしの中の波のざわめき

▼ 三橋廉 / ofr

静かに寝息を立てている廉をぼんやり眺める。ゆっくり呼吸にあわせて上下する胸の上にそっと手を置くと、心臓の鼓動が伝わってきた。生きてる、そう思えば何故か無性に気持ち悪くなってしまって、胸に置いた手でぐっと肋骨を強く押す。このまま肋骨が折れて心臓に突き刺さり死んでしまえばいい、と体重をかけようとしたところで廉の目が開いた。苦しそうに喘ぎ僕の名前を呼ぶ。「おはよう」廉の肋骨を圧迫するのを止め、流れた涙を指先で拭う。「おっ、おは、よ……う」彼のどもり癖が嫌いだった。「ご飯食べる?」あっちこっちに視線を彷徨わせながらもおずおずと頷く廉に苛立ちが募っていく。言いたいことがあるなら言えばいいし、聞けばいいのに。「何食べたい?」体を起こした廉の隣に腰を下ろしてなるべく優しく問いかけた。「なんでも、いい、よ」いつもと同じ、代わり映えの無い返答にじっとりと降り積もっていく。自分を落ち着かせるようにゆっくり息を吐いて、「ん、じゃあ廉の好きなもの作ってあげる」少し寝癖がついたふわふわの髪を梳き、微笑みをつくる。廉は僕の笑みに安心したように息を吐いて眉をさげてへにゃりと笑った。「じゃあ作ってくるから待ってて」これ以上傍にいると何をするか分からない。早々にソファ立ち上がって台所へ向かい、無心で廉の好物を作れるだけ作っていった。「はい、どうぞ」「い、いただき、ます」僕の顔色を窺いながら廉は料理に手をつけていく。野菜や肉類がどんどん口に運ばれていくのをぼうっと見ているとひどく気持ち悪くなってきてしまった。生きてるみたい。なんか、嫌だな。咀嚼する彼が気味の悪いものに見えて、気がつけばその口に含まれていた箸をぐっと押していた。「ぅぐ、っ!」廉の濁った声にハッと我に返り手を離すと、廉は慌てて口を押さえた。しかしどうやら間に合わなかったようで、どろりと先程食べたばかりのものが吐き出されていく。「最悪」吐き続ける彼にうんざりとした溜息が零れる。「ちゃんと綺麗にしてね」
rewrite:2022.03.08